》まで畚《びく》の重《おも》い内《うち》は張合《はりあひ》もあつた。けれども、次第《しだい》に畜生《ちくしやう》、横領《わうりやう》の威《ゐ》を奮《ふる》つて、宵《よひ》の内《うち》からちよろりと攫《さら》ふ、漁《すなど》る後《あと》から嘗《な》めて行《ゆ》く……見《み》る/\四《よ》つ手網《であみ》の網代《あじろ》の上《うへ》で、腰《こし》の周囲《まはり》から引奪《ひつたく》る。
 最《もつと》も其《そ》の時《とき》は、何《なに》となく身近《みぢか》に物《もの》の襲《おそ》ひ来《く》る気勢《けはひ》がする。左《ひだり》の手《て》がびくりとする時《とき》、左《ひだり》から丁手掻《ちよつかい》で、右《みぎ》の腕《うで》がぶるつと為《す》る時《とき》、右《みぎ》の方《はう》から狙《ねら》ふらしい。頸首《ゑりくび》脊筋《せすぢ》の冷《ひや》りと為《す》るは、後《うしろ》に構《か》まへてござる奴《やつ》。天窓《あたま》から悚然《ぞつ》とするのは、惟《おも》ふに親方《おやかた》が御出張《ごしゆつちやう》かな。いや早《は》や、其《それ》と知《し》りつゝ、さつ/\と持《も》つて行《ゆ》かれる。最《もつと》も身体《からだ》を蓋《ふた》に為《し》て畚《びく》の魚《さかな》を抱《だ》いてゞも居《ゐ》れば、如何《いか》に畜生《ちくしやう》に業通《ごふつう》が有《あ》つても、まさかに骨《ほね》を徹《とほ》しては抜《ぬ》くまい、と一心《いつしん》に守《まも》つて居《ゐ》れば、沼《ぬま》の真中《まんなか》へひら/\と火《ひ》を燃《もや》す、はあ、変《へん》だわ、と気《き》が散《ち》ると、立処《たちどころ》に鯉《こひ》が失《う》せる。其《そ》の術《て》で行《ゆ》かねば、業《わざ》を変《か》へて、何処《どこ》とも知《し》らず、真夜中《まよなか》にアハヽアハヽ笑《わら》ひをる、吃驚《びつくり》すると鮒《ふな》が消《き》える、――此方《こつち》も自棄腹《やけばら》の胴《どう》を極《き》めて、少々《せう/\》脇《わき》の下《した》を擽《くすぐ》られても、堪《こら》へて静《じつ》として畚《びく》を守《まも》れば、さすが目《め》に見《み》せて、尖《とが》つた面《つら》、長《なが》い尻尾《しつぽ》は出《だ》さぬけれど、さて然《さ》うして見《み》た日《ひ》には、足代《あじろ》を組《く》んで四手《よつで》を沈《しづ》めて、身体《からだ》を張《は》つて、体《てい》よく賃無《ちんな》しで雇《やと》はれた城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の番人《ばんにん》同然《どうぜん》、寐酒《ねざけ》にも成《な》らず、一向《いつかう》に市《いち》が栄《さか》えぬ。

         二十一

 魚《うを》が寄《よ》ると見《み》れば、網《あみ》を揚《あ》げる、網《あみ》を両手《りやうて》で、ぐい、と引《ひ》いて、目《め》も心《こゝろ》も水《みづ》に取《と》られる時《とき》の惨憺《みじめ》さ。ガサリなどゝ音《おと》をさして、畚《びく》を俯向《うつむ》けに引繰返《ひきくりかへ》す、と這奴《しやつ》にして遣《や》らるゝはまだしもの事《こと》、捕《と》つた魚《うを》が飜然《ひらり》と刎《は》ねて、ざぶんと水《みづ》に入《はい》つてスイと泳《およ》ぐ。
 余《あまり》の他愛《たあい》なさに、効無《かひな》い殺生《せつしやう》は留《やめ》にしやう、と発心《ほつしん》をした晩《ばん》、これが思切《おもひき》りの網《あみ》を引《ひ》くと、一面《いちめん》城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の水《みづ》を飜《ひるがへ》して、大四手《おほよつで》が張裂《はりさ》けるばかり縦《たて》に成《な》つて、ざつと両隅《りやうすみ》から高《たか》く星《ほし》の空《そら》へ影《かげ》が映《さ》して、沼《ぬま》の上《うへ》を離《はな》れる時《とき》、網《あみ》の目《め》を灌《そゝ》いで落《お》ちる水《みづ》の光《ひか》り、霞《かすみ》の懸《かゝ》つた大《おほき》な姿見《すがたみ》の中《なか》へ、薄《うつす》りと女《をんな》の姿《すがた》が映《うつ》つた。
「よく、はい、噂《うはさ》に聞《き》くお客様《きやくさま》が懸《かゝ》つたやうだね。恁《か》う、其《そ》の網《あみ》を引張《ひつぱ》つて、」
 老爺《ぢゞい》は手《て》で掴《つか》んで腰《こし》を反《そ》らして言《い》ふのである。
「引《ひ》き懸《か》けた処《ところ》でがんしよ……鮒《ふな》一尾《いつぴき》入《はい》つた手応《てごたへ》もねえで、水《みづ》はざんざと引覆《ぶつけえ》るだもの。人間《にんげん》の突入《つゝぺえ》つた重《おも》さはねえだ。で、持《も》つたまま大揺《おほゆ》りに身躰《からだ》ごと網《あみ》を揺《ゆ》れば、矢張《やつぱり》揺《ゆ》れて、衣服《きもの》だか鰭《ひれ》だか、尾
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