ままに、掻《か》く手の肱《ひじ》の上へ顕《あら》われた鼻の、黄色に青みを帯び、茸《きのこ》のくさりかかったような面《おもて》を視た。水に拙《つたな》いのであろう。喘《あえ》ぐ――しかむ、泡を噴く。が、あるいは鳥に対する隠形《おんぎょう》の一術《ひとて》であろうも計られぬ。
「ばか。」
 投棄てるようにいうとともに、お誓はよろよろと倒れて、うっとりと目を閉じた。
 早く解いて流した紅《くれない》の腹帯は、二重三重にわがなって、大輪の花のようなのを、もろ翼《は》を添えて、白鷺が、すれすれに水を切って、鳥旦那の来《きた》り迫る波がしらと直線に、水脚を切って行《ゆ》く。その、花片《はなびら》に、いやその腹帯の端に、キラキラと、虫が居て、青く光った。
 鼻を仰向け、諸手《もろて》で、腹帯を掴《つか》むと、紳士は、ずぶずぶと沼に潜った。次に浮きざまに飜《ひるがえ》った帯は、翼かと思う波を立てて消え、紳士も沈んだ。三個の赤い少年も、もう影もない。
 ただ一人、水に入ろうとする、ずんぐりものの色の黒い少年を、その諸足を取って、孫八|爺《じい》が押えたのが見える。押えられて、手を突込《つっこ》んだから、
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