》なる、乳首の深秘は、幽《かすか》に雪間の菫《すみれ》を装い、牡丹冷やかにくずれたのは、その腹帯の結びめを、伏目に一目、きりきりと解きかけつつ、
「畜生……」
 と云った、女の声とともに、谺《こだま》が冴えて、銃が響いた。
 小県は草に、伏《ふせ》の構《かまえ》を取った。これは西洋において、いやこの頃は、もっと近くで行《や》るかも知れない……爪さきに接吻《キス》をしようとしたのではない。ものいう間《ま》もなし、お誓を引倒して、危難を避けさせようとして、且つ及ばなかったのである。
 その草伏《くさぶし》の小県の目に、お誓の姿が――峰を抽《ぬ》いて、高く、金色《こんじき》の夕日に聳《そばだ》って見えた。斉《ひと》しく、野の燃ゆるがごとく煙って、鼻の尖《とが》った、巨《おおい》なる紳士が、銃を倒す、と斉しく、ヘルメット帽を脱いで、高くポンと空へ投げて、拾って、また投げて、落ちると、宙に受けて、また投《なげ》るのを視た。足でなく、頭で雀躍《こおどり》したのである。たちまち、法衣《ころも》を脱ぎ、手早く靴を投ると、勢《いきおい》よく沼へ入った。
 続いて、赤少年が三人泳ぎ出した。
 中心へ近づく
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