さん……私の事です。」
と頬も冷たそうに、うら寂しく、
「故郷へ帰って来て、田沢家を起す、瑞祥《ずいしょう》はこれで分った、と下へも置かないで、それはほんとうに深切に世話をして、牡丹さん、牡丹さん、私の部屋が牡丹の間。餡子《あんこ》ではあんまりだ、黄色い白粉《おしろい》でもつけましょう、牡丹亭きな子です。お一ついかが……そういってどうかすると、お客にお酌をした事もあるんです。長逗留《ながとうりゅう》の退屈ばらし、それには馴《な》れた軽はずみ……」
歎息《ためいき》も弱々と、
「もっとも煩《うるさ》いことでも言えば、その場から、つい立って、牡丹の間へ帰っていたんです。それというのが、ああも、こうもと、それから、それへ、商売のこと、家のこと。隠居夫婦と、主人夫婦、家《うち》のものばかりも四人でしょう。番頭ですの、女中ですの、入《いり》かわり相談をしてくれます。聞くだけでも楽《たのし》みで、つんだり、崩したり、切組みましたり、庭背戸まで見積って、子供の積木細工で居るうちに、日が経《た》ちます。……鳥居数をくぐり、門松を視《み》ないと、故郷とはいえない、といわれる通りの気になって、おまいり
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