や、ちと大道うらないに似て来たかね。」
 袖を開いて扇を使った。柳の影が映りそうで、道得《いいえ》て、いささか可《よし》と思ったらしい。
「鶴を視《み》て懐姙した験《げん》はいくらもある。いわゆる、もうし子だとお思いなさい。その上、面倒な口を利く父親なしに、お誓さん一人で育てたら、それが生一本の田沢家の血統じゃありませんか。そうだ、悪魔などと言ったのは、私のあやまり、豊年の何とかいう雪が降って、節分には、よく降るんです。正に春立《りっしゅん》ならんとする時、牡丹に雪の瑞《ずい》といい、地蔵菩薩の祥《しょう》といい、あなたは授《さずか》りものをしたんじゃないか、確《たしか》にそうだ、――お誓さん。」
 お誓は淡《うす》くまた瞼《まぶた》を染めた。
「そんな、あの、大それた、高望みはしませんけれど、女の子かも知れないと思いました。五日、七日《なぬか》、二夜《ふたよ》、三夜、観音様の前に静《じっ》としていますうちに、そういえば、今時、天狗《てんぐ》も※[#「けものへん+非」、91−16]々《ひひ》も居まいし、第一|獣《けもの》の臭気《におい》がしません。くされたというは心持で、何ですか、水に棲《す》むもののような気がするし、森の香の、時々峰からおろす松風と一所に通って来るのも、水神、山の神に魅入られたのかも分らない。ええ、因果と業。不具《かたわ》でも、虫でもいい。鳶《とんび》鴉《からす》でも、鮒《ふな》、鰌《どじょう》でも構わない。その子を連れて、勧進比丘尼《かんじんびくに》で、諸国を廻《めぐ》って親子の見世ものになったらそれまで、どうなるものか。……そうすると、気が易くなりました。」
「ああ、観音の利益だなあ。」
 つと顔を背けると、肩をそいで、お誓は、はらはらと涙を落した。
「その御利益を、小県さん、頂いてだけいればよかったんですけれど――早くから、関屋からこの辺かけて、鳥の学者、博士が居ます。」
「…………」
「鳥の巣に近づくため、撃つために、いろいろな……あんな形《なり》もする、こうもする。……頭に樹の枝をかぶったり、かずらや枯葉を腰へ巻いたり……何の気もなしに、孫八ッて……その飴屋の爺さんが夜話するのを、一言……」
    (!…………)
「焼火箸を脇の下へ突貫《つきぬ》かれた気がしました。扇子《おうぎ》をむしって棄《す》ちょうとして、勿体ない、観音様に投げうちをするようなと、手が痺《しび》れて落したほどです。夜中に谷へ飛降りて、田沢の墓へ噛《か》みつこうか、とガチガチと歯が震える。……路傍《みちばた》のつぶれ屋を、石油を掛けて焼消そうか。牡丹の根へ毒を絞って、あの小川をのみ干そうか。
 もうとても……大慈大悲に、腹帯をお守り下さいます、観音様の前には、口惜《くやし》くって、もどかしくって居堪《いたたま》らなくなったんですもの。悪念、邪心に、肝も魂も飛上って……あら神様で、祟《たたり》の鋭い、明神様に、一昨日《おととい》と、昨日《きのう》、今日……」
 ――誓ただひとりこの御堂《みどう》に――
「独り居れば、ひとり居るほど、血が動き、肉が震えて、つきます息も、千本の針で身体中さすようです。――前刻《さっき》も前刻、絵馬の中に、白い女の裸身《はだかみ》を仰向けにくくりつけ、膨れた腹を裂いています、安達《あだち》ヶ原の孤家《ひとつや》の、もの凄《すご》いのを見ますとね。」
(――実は、その絵馬は違っていた――)
「ああ、さぞ、せいせいするだろう。あの女は羨しいと思いますと、お腹の裡《なか》で、動くのが、動くばかりでなくなって、もそもそと這《は》うような、ものをいうような、ぐっぐっ、と巨《おお》きな鼻が息をするような、その鼻が舐《な》めるような、舌を出すような、蒼黄色《あおぎいろ》い顔――畜生――牡丹の根で気絶して、生死《いきしに》も知らないでいたうちの事が現《うつつ》に顕《あら》われて、お腹の中で、土蜘蛛《つちぐも》が黒い手を拡げるように動くんですもの。
 帯を解いて、投げました。
 ええ、男に許したのではない。
 自分の腹を露出《むきだ》したんです。
 芬《ぷん》と、麝香《じゃこう》の薫《かおり》のする、金襴《きんらん》の袋を解いて、長刀《なぎなた》を、この乳の下へ、平当てにヒヤリと、また芬と、丁子《ちょうじ》の香がしましたのです。」……

 この薙刀を、もとのなげしに納める時は、二人がかりで、それはいいが、お誓が刃の方を支えたのだから、おかしい。
 誰も、ここで、薙刀で腹を切ったり、切らせたりするとは思うまい。
 ――しかも、これを取はずしたという時に落したのであろう。女の長い切髪の、いつ納めたか、元結《もとゆい》を掛けて黒い水引でしめたのが落ちていた。見てさえ気味の悪いのを、静《しずか》に掛直した。お誓は偉い!……落着い
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