だって、途中、牡丹のあるところを視《み》ます時の心もちは、ただお察しにまかせます。……何の罪咎《つみとが》があるんでしょう、と思うのは、身勝手な、我身ばかりで、神様や仏様の目で、ごらんになったら。」
「お誓さん、……」
声を沈めて遮った。
「神、仏の目には、何の咎、何の罪もない。あなたのような人間を、かえって悪魔は狙うのですよ。幾年目かに朽ちた牡丹の花が咲いた……それは嘘ではありますまい。人は見て奇瑞《きずい》とするが、魔が咲かせたかも知れないんです。反対に、お誓さんが故郷へ帰った、その瑞兆《ずいちょう》が顕《あら》われたとして、しかも家の骨に地蔵尊を祭る奇特がある。功徳、恭養、善行、美事、その只中《ただなか》を狙うのが、悪魔の役です。どっちにしろ可恐《おそろ》しい、早くそこを通抜けよう。さ、あなたも目をつむって、観音様の前へおいでなさい。」
「――ある時、和尚さんが、お寺へ紅白の切《きれ》を、何ほどか寄進をして欲しいものじゃ、とおっしゃるんです。寺の用でない、諸人《しょにん》の施行《せぎょう》のためじゃけれど、この通りの貧乏寺。……ええ、私の方から、おやくに立ちますならお願い申したいほどですわ。三反持って参りますと、六尺ずつに切りたいが、鋏《はさみ》というものもなし……庖丁ではどうであろう。まあ、手で裂いても間に合いますわ。和尚さんに手伝って三方の上へ重ねました時、つい、それまでは不信心な、何にも知らずにおりました。子育ての慈愛をなさいます、五月帯《いわたおび》のわけを聞きまして、時も時、折も折ですし、……観音様。」
お誓が、髪を長く、すっと立って、麓《ふもと》に白い手を合わせた。
「つい女気で、紅《あか》い切を上へ積んだものですから、真上のを、内証《ないしょ》で、そっと、頂いたんです。」
「それは、めでたい。――結構ではないか、お誓さん。」
お誓は榎の根に、今度は吻《ほっ》として憩った、それと差《さし》むかいに、小県は、より低い処に腰を置いて、片足を前に、くつろぐ状《さま》して、
「節分の夜の事だ。対手《あいて》を鬼と思いたまえ。が、それも出放題過ぎるなら、怪我……病気だと思ったらどうです。怪我や病気は誰もする。……その怪我にも、病気にも障りがなくって、赤ちゃんが、御免なさいよ、ま、出来たとする。昔から偉人には奇蹟が携わる、日を見て、月を見て、星を見て、い
前へ
次へ
全33ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング