をしましたり。……逗留のうち、幾度、あの牡丹の前へ立ったでしょう。
 柱一本、根太板も、親たちの手の触ったのが残っていましょう。あの骨を拾おう。どうしよう。焚《た》こうか、埋めようか。ちょっと九尺二間を建てるにしても、場所がいまの田畝《たんぼ》ではどうにもならず。(地蔵様の祠《ほこら》を建てなさい、)隠居たちがいうんです。ああ、いいわねえ、そうしましょうか。
 思出しても身体《からだ》がふるえる、……
 今年二月の始《はじめ》でした。……東京も、そうだったって聞いたんですが、この辺でも珍らしく、雪の少い、暖かな冬でしたの。……今夜の豆撒《まめまき》が済むと、片原で年を取って、あかんぼも二つになると、隠居たちも笑っていました。その晩――暮方……
 湯上りのいい心持の処へ、ちらちら降出しました雪が嬉しくって、生意気に、……それだし、銀座辺、あの築地辺の夜ふけの辻で、つまらない悪戯《いたずら》をされました覚えもなし、またいたずらに逢ったところで、ところ久しいだけ、門《かど》なみ知っているんです。……梅水のものですよ。それで大概、挨拶《あいさつ》をして離れちまいますんですもの、道の可恐《こわ》さはちっとも知らずにいたんです。――それに牡丹亭のあとまでは、つれがありましたり、一人でも幾度も行ったり来たり、屋根のない長い廊下もおんなじに思っていましたものですから、コオトも着ないで、小県さん、浴衣に襟つき一枚何かで。――裙《すそ》へ流れる水、あの小川も、梅水に居て、座敷の奥で、水調子を聞く音がします。……牡丹はもう、枝ばかり、それも枯れていたんですが、降る雪がすっきりと、白い莟《つぼみ》に積りました。……大輪《おおりん》なのも面影に見えるようです。
 向うへ、小さなお地蔵様のお堂を建てたら、お提灯《ちょうちん》に蔦《つた》の紋、養子が出来て、その人のと、二つなら嬉しいだろう。まあ極《きま》りの悪い。……わざとお賽銭箱《さいせんばこ》を置いて、宝珠の玉……違った、それはお稲荷様《いなりさま》、と思っているうちに、こんな風に傘をさして、ちらちらと、藤の花だか、鷺だかの娘になって、踊ったこともあったっけ。――傘は、ここで、畳んだか、開いてさしたかと、うっかりしました。――傘《からかさ》を、ひどい力で、上へぐいと引いたんです。天にも地にも、小県さん、観音様と、明神様のほかには、女の身体《
前へ 次へ
全33ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング