明神様もけなりがッつろと、二十三夜の月待の夜話《よばなし》に、森へ下弦の月がかかるのを見て饒舌《しゃべ》った。不埒《ふらち》を働いてから十五年。四十を越えて、それまでは内々恐れて、黙っていたのだが、――祟《たた》るものか、この通り、と鼻をさして、何の罰が当るかい。――舌も引かぬに、天井から、青い光がさし、その百姓屋の壁を抜いて、散りかかる柳の刃がキラリと座のものの目に輝いた時、色男の顔から血しぶきが立って、そぎ落された低い鼻が、守宮《やもり》のように、畳でピチピチと刎《は》ねた事さえある。
いま現に、町や村で、ふなあ、ふなあ、と鼻くたで、因果と、鮒《ふな》鰌《どじょう》を売っている、老ぼれがそれである。
村|若衆《わかいしゅ》の堂の出合は、ありそうな事だけれど、こんな話はどこかに類がないでもなかろう。
しかし、なお押重ねて、爺さんが言った、……次の事実は、少からず銑吉を驚かして、胸さきをヒヤリとさせた。
余り里近なせいであろう。近頃では場所が移った。が、以前は、あの明神の森が、すぐ、いつも雪の降ったような白鷺の巣であった。近く大正の末である。一夜に二件、人間二人、もの凄《すご》い異状が起った。
その一人は、近国の門閥家《もんばつか》で、地方的に名望権威があって、我が儘《まま》の出来る旦那《だんな》方。人に、鳥博士と称《とな》えられる、聞こえた鳥類の研究家で。家には、鳥屋というより、小さな博物館ぐらいの標本を備えもし、飼ってもいる。近県近郷の学校の教師、無論学生たち、志あるものは、都会、遠国からも見学に来《きた》り訪《と》うこと、須賀川の牡丹《ぼたん》の観賞に相斉《あいひと》しい。で、いずれの方面からも許されて、その旦那の紳士ばかりは、猟期、禁制の、時と、場所を問わず、学問のためとして、任意に、得意の猟銃の打金をカチンと打ち、生きた的に向って、ピタリと照準する事が出来る。
時に、その年は、獲ものでなしに、巣の白鷺の産卵と、生育状態の実験を思立たれたという。……雛《ひよ》ッ子はどんなだろう。鶏や、雀と違って、ただ聞いても、鴛鴦《おしどり》だの、白鷺のあかんぼには、博物にほとんど無関心な銑吉も、聞きつつ、早くまず耳を傾けた。
在所には、旦那方の泊るような旅館がない。片原の町へ宿を取って、鳥博士は、夏から秋へかけて、その時々。足繁くなると、ほとんど毎日のように
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