故郷へ帰る道すがら、その茶屋で休んだ時の事です。門も背戸も紫陽花で包まれていました。――私の顔の色も同じだったろうと思う、手も青い。
 何より、嫌な、可恐《おそろし》い雷が鳴ったのです。たださえ破《わ》れようとする心臓に、動悸《どうき》は、破障子《やれしょうじ》の煽《あお》るようで、震える手に飲む水の、水より前《さき》に無数の蚊が、目、口、鼻へ飛込んだのであります。
 その時の苦しさ。――今も。

       三

 白い梢の青い火は、また中空《なかぞら》の渦を映し出す――とぐろを巻き、尾を垂れて、海原のそれと同じです。いや、それよりも、峠で尾根に近かった、あの可恐《おそろし》い雲の峰にそっくりであります。
 この上、雷。
 大雷は雪国の、こんな時に起ります。
 死力を籠《こ》めて、起上ろうとすると、その渦が、風で、ごうと巻いて、捲《ま》きながら乱るると見れば、計知《はかりし》られぬ高さから颯《さっ》と大滝を揺落《ゆりおと》すように、泡沫《あわ》とも、しぶきとも、粉とも、灰とも、針とも分かず、降埋《ふりうず》める。
「あっ。」
 私はまた倒れました。
 怪火《あやしび》に映る、その大
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