ともそれを心あてに、頼む。――助けて――助けて――と幾度《いくたび》か呼びました。けれども、窓一つ、ちらりと燈火《ともしび》の影の漏れて答うる光もありませんでした。聞える筈《はず》もありますまい。
 いまは、ただお米さんと、間に千尺の雪を隔つるのみで、一人死を待つ、……むしろ目を瞑《ねむ》るばかりになりました。
 時に不思議なものを見ました――底《そこひ》なき雪の大空の、なおその上を、プスリと鑿《のみ》で穿《うが》ってその穴から落ちこぼれる……大きさはそうです……蝋燭《ろうそく》の灯の少し大《おおき》いほどな真蒼《まっさお》な光が、ちらちらと雪を染め、染めて、ちらちらと染めながら、ツツと輝いて、その古杉の梢《こずえ》に来て留りました。その青い火は、しかし私の魂がもう藻脱けて、虚空へ飛んで、倒《さかさま》に下の亡骸《なきがら》を覗《のぞ》いたのかも知れません。
 が、その影が映《さ》すと、半ば埋《うも》れた私の身体《からだ》は、ぱっと紫陽花に包まれたように、青く、藍《あい》に、群青《ぐんじょう》になりました。
 この山の上なる峠の茶屋を思い出す――極暑、病気のため、俥《くるま》で越えて、
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