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家名《いえな》も何も構わず、いまそこも閉めようとする一軒の旅籠屋へ駈込《かけこ》みましたのですから、場所は町の目貫《めぬき》の向《むき》へは遠いけれど、鎮守の方へは近かったのです。
座敷は二階で、だだっ広い、人気の少ないさみしい家で、夕餉《ゆうげ》もさびしゅうございました。
若狭鰈《わかさがれい》――大すきですが、それが附木《つけぎ》のように凍っています――白子魚乾《しらすぼし》、切干大根《きりぼしだいこん》の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐《なつかし》くって涙ぐまるるようでした、なぜですか。……
酒も呼んだが酔いません。むかしの事を考えると、病苦を救われたお米さんに対して、生意気らしく恥かしい。
両手を炬燵《こたつ》にさして、俯向《うつむ》いていました、濡れるように涙が出ます。
さっという吹雪であります。さっと吹くあとを、ごうーと鳴る。……次第に家ごと揺《ゆす》るほどになりましたのに、何という寂寞《さびしさ》だか、あの、ひっそりと障子の鳴る音。カタカタカタ、白い魔が忍んで来る、雪入道が透見《すきみ》する。カタカタカタカタ、さーッ、さー
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