があつたのです。で其《そ》の望《のぞみ》を煽《あふ》るために、最《も》う福井《ふくゐ》あたりから酒《さけ》さへ飮《の》んだのでありますが、醉《よ》ひもしなければ、心《こゝろ》も定《きま》らないのでありました。
唯《たゞ》一|夜《や》、徒《いたづ》らに、思出《おもひで》の武生《たけふ》の町《まち》に宿《やど》つても構《かま》はない。が、宿《やど》りつゝ、其處《そこ》に虎杖《いたどり》の里《さと》を彼方《かなた》に視《み》て、心《こゝろ》も足《あし》も運《はこ》べない時《とき》の儚《はかな》さには尚《な》ほ堪《た》へられまい、と思《おも》ひなやんで居《ゐ》ますうちに――
汽車《きしや》は着《つ》きました。
目《め》をつむつて、耳《みゝ》を壓《おさ》へて、發車《はつしや》を待《ま》つのが、三|分《ぷん》、五|分《ふん》、十|分《ぷん》十五|分《ふん》――やゝ三十|分《ぷん》過《す》ぎて、やがて、驛員《えきいん》に其《そ》の不通《ふつう》の通達《つうたつ》を聞《き》いた時《とき》は!
雪《ゆき》が其《その》まゝの待女郎《まちぢよらう》に成《な》つて、手《て》を取《と》つて導《みちび》くやうで、まんじ巴《ともゑ》の中空《なかぞら》を渡《わた》る橋《はし》は、宛然《さながら》に玉《たま》の棧橋《かけはし》かと思《おも》はれました。
人間《にんげん》は増長《ぞうちやう》します。――積雪《せきせつ》のために汽車《きしや》が留《とま》つて難儀《なんぎ》をすると言《い》へば――旅籠《はたご》は取《と》らないで、すぐにお米《よね》さんの許《もと》へ、然《さ》うだ、行《い》つて行《ゆ》けなさうな事《こと》はない、が、しかし……と、そんな事《こと》を思《おも》つて、早《は》や壁《かべ》も天井《てんじやう》も雪《ゆき》の空《そら》のやうに成《な》つた停車場《ステエシヨン》に、しばらく考《かんが》へて居《ゐ》ましたが、餘《あま》り不躾《ぶしつけ》だと己《おのれ》を制《せい》して、矢張《やつぱ》り一旦《いつたん》は宿《やど》に着《つ》く事《こと》にしましたのです。ですから、同列車《どうれつしや》の乘客《じようかく》の中《うち》で、停車場《ステエシヨン》を離《はな》れましたのは、多分《たぶん》私《わたし》が一番《いちばん》あとだつたらうと思《おも》ひます。
大雪《おほゆき》です。
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