中に心づけも出来ましたので、それとなく、お米さんの消息を聞きますと、蔦屋も蔦竜館《ちょうりゅうかん》となった発展で、持《もち》のこの女中などは、京の津から来ているのだそうで、少しも恩人の事を知りません。
 番頭を呼んでもらって訊《たず》ねますと、――勿論その頃の男ではなかったが――これはよく知っていました。
 蔦屋は、若主人――お米さんの兄――が相場にかかって退転をしたそうです。お米さんにまけない美人をと言って、若主人は、祇園《ぎおん》の芸妓《げいしゃ》をひかして女房にしていたそうでありますが、それも亡くなりました。
 知事――その三年|前《ぜん》に亡くなった事は、私も新聞で知っていたのです――そのいくらか手当が残ったのだろうと思われます。当時は町を離れた虎杖《いたどり》の里に、兄妹がくらして、若主人の方は、町中のある会社へ勤めていると、この由、番頭が話してくれました。一昨年の事なのです。
 ――いま私は、可恐《おそろし》い吹雪の中を、そこへ志しているのであります――
 が、さて、一昨年のその時は、翌日、半日、いや、午後三時頃まで、用もないのに、女中たちの蔭で怪《あやし》む気勢《けはい
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