出たのは、その秋だったのでありました。
 ここはお察しを願います。――心易くは礼手紙、ただ音信《おとずれ》さえ出来ますまい。
 十六七年を過ぎました。――唯今《ただいま》の鯖江《さばえ》、鯖波《さばなみ》、今庄《いまじょう》の駅が、例の音に聞えた、中の河内、木の芽峠、湯の尾峠を、前後左右に、高く深く貫くのでありまして、汽車は雲の上を馳《はし》ります。
 間《あい》の宿《しゅく》で、世事の用はいささかもなかったのでありますが、可懐《なつかしさ》の余り、途中で武生へ立寄りました。
 内証で……何となく顔を見られますようで、ですから内証で、その蔦屋へ参りました。
 皐月《さつき》上旬でありました。

       三

 門《かど》、背戸の清き流《ながれ》、軒に高き二本柳《ふたもとやなぎ》、――その青柳《あおやぎ》の葉の繁茂《しげり》――ここに彳《たたず》み、あの背戸に団扇《うちわ》を持った、その姿が思われます。それは昔のままだったが、一棟《ひとむね》、西洋館が別に立ち、帳場も卓子《テエブル》を置いた受附になって、蔦屋の様子はかわっていました。
 代替りになったのです。――
 少しばかり、女
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