みとお》しの背戸に涼んでいた、そのお米さんの振向いた瞳《め》の情《なさけ》だったのです。
 水と言えば、せいぜい米の磨汁《とぎしる》でもくれそうな処を、白雪に蛋黄《きみ》の情《なさけ》。――萌黄《もえぎ》の蚊帳《かや》、紅《べに》の麻、……蚊の酷《ひど》い処ですが、お米さんの出入りには、はらはらと蛍が添って、手を映し、指環《ゆびわ》を映し、胸の乳房を透《すか》して、浴衣の染の秋草は、女郎花《おみなえし》を黄に、萩を紫に、色あるまでに、蚊帳へ影を宿しました。
「まあ、汗びっしょり。」
 と汚い病苦の冷汗に……そよそよと風を恵まれた、浅葱色《あさぎいろ》の水団扇《みずうちわ》に、幽《かすか》に月が映《さ》しました。……
 大恩と申すはこれなのです。――
 おなじ年、冬のはじめ、霜に緋葉《もみじ》の散る道を、爽《さわやか》に故郷から引返《ひっかえ》して、再び上京したのでありますが、福井までには及びません、私の故郷からはそれから七里さきの、丸岡の建場《たてば》に俥《くるま》が休んだ時立合せた上下の旅客の口々から、もうお米さんの風説《うわさ》を聞きました。
 知事の妾《おもいもの》となって、家を
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