のです――夢のようです。……あの老尼は、お米さんの守護神《まもりがみ》――はてな、老人は、――知事の怨霊《おんりょう》ではなかったか。
 そんな事まで思いました。
 円髷《まるまげ》[#ルビの「まるまげ」は底本では「まるはげ」]に結って、筒袖《こいぐち》を着た人を、しかし、その二人はかえって、お米さんを秘密の霞に包みました。
 三十路《みそじ》を越えても、窶《やつ》れても、今もその美しさ。片田舎の虎杖になぞ世にある人とは思われません。
 ために、音信《おとずれ》を怠りました。夢に所がきをするようですから。……とは言え、一つは、日に増し、不思議に色の濃くなる炉の右左の人を憚《はばか》ったのであります。
 音信して、恩人に礼をいたすのに仔細《しさい》はない筈《はず》。けれども、下世話にさえ言います。慈悲すれば、何とかする。……で、恩人という、その恩に乗じ、情《なさけ》に附入るような、賤《いや》しい、浅ましい、卑劣な、下司《げす》な、無礼な思いが、どうしても心を離れないものですから、ひとり、自ら憚られたのでありました。
 私は今、そこへ――

       五

「ああ、あすこが鎮守だ――」
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