ったのであります。
「貴女《あなた》は煙草《たばこ》をあがりますか。」
 私はお米さんが、その筒袖《こいぐち》の優しい手で、煙管《きせる》を持つのを視《み》てそう言いました。
 お米さんは、控えてちょっと俯向《うつむ》きました。
「何事もわすれ草と申しますな。」
 と尼さんが、能の面がものを言うように言いました。
「関さんは、今年三十五におなりですか。」
 とお米さんが先へ数えて、私の年を訊《たず》ねました。
「三碧《さんぺき》のう。」
 と尼さんが言いました。
「貴女は?」
「私は一つ上……」
「四緑《しろく》のう。」
 と尼さんがまた言いました。
 ――略して申すのですが、そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状《たちざま》にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一|人《にん》があります――山伏か、隠者か、と思う風采《ふうさい》で、ものの鷹揚《おうよう》な、悪く言えば傲慢《ごうまん》な、下手が画《え》に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門といった、鼻の隆《たか》い、髯《ひげ》の白い、早や七十ばかりの老人でした。
「これは関さんか。」
 と、いきなり言います。私は吃驚《びっくり》
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