すが、勢《いきほひ》よく歩行《ある》いて居《ゐ》るうちには温《あたゝか》く成《な》ります、ほか/\するくらゐです。
 やがて、六七|町《ちやう》潛《もぐ》つて出《で》ました。
 まだ此《こ》の間《あひだ》は氣丈夫《きぢやうぶ》でありました。町《まち》の中《うち》ですから兩側《りやうがは》に家《いへ》が續《つゞ》いて居《を》ります。此《こ》の邊《へん》は水《みづ》の綺麗《きれい》な處《ところ》で、軒下《のきした》の兩側《りやうがは》を、清《きよ》い波《なみ》を打《う》つた小川《をがは》が流《なが》れて居《ゐ》ます。尤《もつと》も其《そ》れなんぞ見《み》えるやうな容易《やさし》い積《つも》り方《かた》ぢやありません。

 御存《ごぞん》じの方《かた》は、武生《たけふ》と言《い》へば、あゝ、水《みづ》のきれいな處《ところ》かと言《い》はれます――此《こ》の水《みづ》が鐘《かね》を鍛《きた》へるのに適《てき》するさうで、釜《かま》、鍋《なべ》、庖丁《はうてう》、一切《いつさい》の名産《めいさん》――其《そ》の昔《むかし》は、聞《きこ》えた刀鍛冶《かたなかぢ》も住《す》みました。今《いま》も鍛冶屋《かぢや》が軒《のき》を並《なら》べて、其《そ》の中《なか》に、柳《やなぎ》とともに目立《めだ》つのは旅館《りよくわん》であります。
 が、最《も》う目貫《めぬき》の町《まち》は過《す》ぎた、次第《しだい》に場末《ばすゑ》、町端《まちはづ》れの――と言《い》ふとすぐに大《おほき》な山《やま》、嶮《けはし》い坂《さか》に成《な》ります――あたりで。……此《こ》の町《まち》を離《はな》れて、鎭守《ちんじゆ》の宮《みや》を拔《ぬ》けますと、いま行《ゆ》かうとする、志《こゝろざ》す處《ところ》へ着《つ》く筈《はず》なのです。
 それは、――其許《そこ》は――自分《じぶん》の口《くち》から申兼《まをしか》ねる次第《しだい》でありますけれども、私《わたし》の大恩人《だいおんじん》――いえ/\恩人《おんじん》で、そして、夢《ゆめ》にも忘《わす》れられない美《うつく》しい人《ひと》の侘住居《わびずまひ》なのであります。
 侘住居《わびずまひ》と申《まを》します――以前《いぜん》は、北國《ほつこく》に於《おい》ても、旅館《りよくわん》の設備《せつび》に於《おい》ては、第一《だいいち》と世《よ》に知《し
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