《ゆき》の凍《い》てた時《とき》、こんな晩《ばん》には、柄《がら》にもない高足駄《たかあしだ》さへ穿《は》いて居《ゐ》たのに、轉《ころ》びもしないで、然《しか》も遊《あそ》びに更《ふ》けた正月《しやうぐわつ》の夜《よ》の十二|時過《じす》ぎなど、近所《きんじよ》の友《とも》だちにも別《わか》れると、唯《たゞ》一人《ひとり》で、白《しろ》い社《やしろ》の廣《ひろ》い境内《けいだい》も拔《ぬ》ければ、邸町《やしきまち》の白《しろ》い長《なが》い土塀《どべい》も通《とほ》る。………ザヾツ、ぐわうと鳴《な》つて、川波《かはなみ》、山颪《やまおろし》とともに吹《ふ》いて來《く》ると、ぐる/\と※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《まは》る車輪《しやりん》の如《ごと》き濃《こ》く黒《くろ》ずんだ雪《ゆき》の渦《うづ》に、くる/\と舞《ま》ひながら、ふは/\と濟《す》まアして内《うち》へ歸《かへ》つた――夢《ゆめ》ではない。が、あれは雪《ゆき》に靈《れい》があつて、小兒《こども》を可愛《いとし》がつて、連《つ》れて歸《かへ》つたのであらうも知《し》れない。
「あゝ、酷《ひど》いぞ。」
 ハツと呼吸《いき》を引《ひ》く。目口《めくち》に吹込《ふきこ》む粉雪《こゆき》に、ばツと背《せ》を向《む》けて、そのたびに、風《かぜ》と反對《はんたい》の方《はう》へ眞俯向《まうつむ》けに成《な》つて防《ふせ》ぐのであります。恁《か》う言《い》ふ時《とき》は、其《そ》の粉雪《こゆき》を、地《ぢ》ぐるみ煽立《あふりた》てますので、下《した》からも吹上《ふきあ》げ、左右《さいう》からも吹捲《ふきま》くつて、よく言《い》ふことですけれども、面《おもて》の向《む》けやうがないのです。
 小兒《こども》の足駄《あしだ》を思《おも》ひ出《だ》した頃《ころ》は、實《じつ》は最《も》う穿《はき》ものなんぞ、疾《とう》の以前《いぜん》になかつたのです。
 しかし、御安心《ごあんしん》下《くだ》さい。――雪《ゆき》の中《なか》を跣足《はだし》で歩行《ある》く事《こと》は、都會《とくわい》の坊《ぼつ》ちやんや孃《ぢやう》さんが吃驚《びつくり》なさるやうな、冷《つめた》いものでないだけは取柄《とりえ》です。ズボリと踏込《ふみこ》んだ一息《ひといき》の間《あひだ》は、冷《つめた》さ骨髓《こつずゐ》に徹《てつ》するので
前へ 次へ
全14ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング