のだらうと思《おも》はれます。當時《たうじ》は町《まち》を離《はな》れた虎杖《いたどり》の里《さと》に、兄妹《きやうだい》がくらして、若主人《わかしゆじん》の方《はう》は、町中《まちなか》の或會社《あるくわいしや》へ勤《つと》めて居《ゐ》ると、此《こ》の由《よし》、番頭《ばんとう》が話《はな》してくれました。一昨年《いつさくねん》の事《こと》なのです。
――いま私《わたし》は、可恐《おそろし》い吹雪《ふゞき》の中《なか》を、其處《そこ》へ志《こゝろざ》して居《ゐ》るのであります――
が、さて、一昨年《いつさくねん》の其《そ》の時《とき》は、翌日《よくじつ》、半日《はんにち》、いや、午後《ごご》三|時頃《じごろ》まで、用《よう》もないのに、女中《ぢよちう》たちの蔭《かげ》で怪《あやし》む氣勢《けはひ》のするのが思《おも》ひ取《と》られるまで、腕組《うでぐみ》が、肘枕《ひぢまくら》で、やがて、夜具《やぐ》を引被《ひつかぶ》つてまで且《か》つ思《おも》ひ、且《か》つ惱《なや》み、幾度《いくたび》か逡巡《しゆんじゆん》した最後《さいご》に、旅館《りよくわん》をふら/\と成《な》つて、たうとう恩人《おんじん》を訪《たづ》ねに出《で》ました。
故《わざ》と途中《とちう》、餘所《よそ》で聞《き》いて、虎杖村《いたどりむら》に憧憬《あこが》れ行《ゆ》く。……
道《みち》は鎭守《ちんじゆ》がめあてでした。
白《しろ》い、靜《しづか》な、曇《くも》つた日《ひ》に、山吹《やまぶき》も色《いろ》が淺《あさ》い、小流《こながれ》に、苔蒸《こけむ》した石《いし》の橋《はし》が架《かゝ》つて、其《そ》の奧《おく》に大《おほ》きくはありませんが深《ふか》く神寂《かんさ》びた社《やしろ》があつて、大木《たいぼく》の杉《すぎ》がすら/\と杉《すぎ》なりに並《なら》んで居《ゐ》ます。入口《いりぐち》の石《いし》の鳥居《とりゐ》の左《ひだり》に、就中《とりわけ》暗《くら》く聳《そび》えた杉《すぎ》の下《もと》に、形《かたち》はつい通《とほ》りでありますが、雪難之碑《せつなんのひ》と刻《きざ》んだ、一|基《き》の石碑《せきひ》が見《み》えました。
雪《ゆき》の難《なん》――荷擔夫《にかつぎふ》、郵便配達《いうびんはいたつ》の人《ひと》たち、其《そ》の昔《むかし》は數多《あまた》の旅客《りよかく》
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