、一曳《ひとひき》ひけば降《ふ》る雪《ゆき》に、母衣《ほろ》の形《かたち》も早《は》や隱《かく》れて、殷々《いん/\》として沈《しづ》み行《ゆ》く客《きやく》を見送《みおく》る宿《やど》のものが、却《かへ》つて心細《こゝろぼそ》い限《かぎ》りであつた。
酒代《さかて》は惜《をし》まぬ客人《きやくじん》なり、然《しか》も美人《びじん》を載《の》せたれば、屈竟《くつきやう》の壯佼《わかもの》勇《いさみ》をなし、曳々聲《えい/\ごゑ》を懸《か》け合《あ》はせ、畷《なはて》、畦道《あぜみち》、村《むら》の徑《みち》、揉《も》みに揉《も》んで、三|里《り》の路《みち》に八九|時間《じかん》、正午《しやうご》といふのに、峠《たうげ》の麓《ふもと》、春日野村《かすがのむら》に着《つ》いたので、先《ま》づ一|軒《けん》の茶店《ちやみせ》に休《やす》んで、一行《いつかう》は吻《ほつ》と呼吸《いき》。
茶店《ちやみせ》のものも爐《ろ》を圍《かこ》んで、ぼんやりとして居《ゐ》るばかり。いふまでもなく極月《しはす》かけて三月《さんぐわつ》彼岸《ひがん》の雪《ゆき》どけまでは、毎年《まいねん》こんな中《なか
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