のである。
 民子《たみこ》の腕車《くるま》も二人《ふたり》がかり、それから三|里半《りはん》だら/\のぼりに、中空《なかぞら》に聳《そび》えたる、春日野峠《かすがのたうげ》にさしかゝる。
 ものの半道《はんみち》とは上《のぼ》らないのに、車《くるま》の齒《は》の軋《きし》り強《つよ》く、平地《ひらち》でさへ、分《わ》けて坂《さか》、一|分間《ぷんかん》に一|寸《すん》づゝ、次第《しだい》に雪《ゆき》が嵩《かさ》増《ま》すので、呼吸《いき》を切《き》つても、もがいても、腕車《くるま》は一|歩《ぽ》も進《すゝ》まずなりぬ。
 前《まへ》なるは梶棒《かぢぼう》を下《おろ》して坐《すわ》り、後《あと》なるは尻餅《しりもち》ついて、御新造《ごしんぞ》さん、とても[#「とても」に傍点]と謂《い》ふ。
 大方《おほかた》は恁《か》くあらむと、期《ご》したることとて、民子《たみこ》も豫《あらかじ》め覺悟《かくご》したから、茶店《ちやみせ》で草鞋《わらぢ》を穿《は》いて來《き》たので、此處《こゝ》で母衣《ほろ》から姿《すがた》を顯《あらは》し、山路《やまぢ》の雪《ゆき》に下立《おりた》つと、早《は》や
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