》に起伏《おきふし》するから、雪《ゆき》を驚《おどろ》くやうな者《もの》は忘《わす》れても無《な》い土地柄《とちがら》ながら、今年《ことし》は意外《いぐわい》に早《はや》い上《うへ》に、今時《いまどき》恁《か》くまで積《つも》るべしとは、七八十になつた老人《らうじん》も思《おも》ひ懸《が》けないのであつたと謂《い》ふから。
 來《く》る道《みち》でも、村《むら》を拔《ぬ》けて、藪《やぶ》の前《まへ》など通《とほ》る折《をり》は、兩側《りやうがは》から倒《たふ》れ伏《ふ》して、竹《たけ》も三|尺《じやく》の雪《ゆき》を被《かつ》いで、或《あるひ》は五|間《けん》、或《あるひ》は十|間《けん》、恰《あたか》も眞綿《まわた》の隧道《トンネル》のやうであつたを、手《て》で拂《はら》ひ笠《かさ》で拂《はら》ひ、辛《から》うじて腕車《くるま》を潛《くゞ》らしたれば、網《あみ》の目《め》にかゝつたやうに、彼方《あなた》此方《こなた》を、雀《すゞめ》がばら/\、洞《ほら》に蝙蝠《かうもり》の居《ゐ》るやうだつた、と車夫同士《くるまやどうし》語《かた》りなどして、しばらく澁茶《しぶちや》に市《いち》が榮《さか》える。
 聲《こゑ》の中《なか》に噫《あツ》と一聲《ひとこゑ》、床几《しやうぎ》から轉《ころ》げ落《お》ちさう、脾腹《ひばら》を抱《かゝ》へて呻《うめ》いたのは、民子《たみこ》が供《とも》の與曾平親仁《よそべいおやぢ》。
 這《こ》は便《びん》なし、心《しん》を冷《ひや》した老《おい》の癪《しやく》、其《そ》の惱《なやみ》輕《かろ》からず。
 一體《いつたい》誰彼《たれかれ》といふ中《うち》に、さし急《いそ》いだ旅《たび》なれば、註文《ちうもん》は間《ま》に合《あは》ず、殊《こと》に少《わか》い婦人《をんな》なり。うつかりしたものも連《つ》れられねば、供《とも》さして遣《や》られもせぬ。與曾平《よそべい》は、三十年餘《みそとせあま》りも律儀《りちぎ》に事《つか》へて、飼殺《かひごろし》のやうにして置《お》く者《もの》の氣質《きだて》は知《し》れたり、今《いま》の世《よ》の道中《だうちう》に、雲助《くもすけ》、白波《しらなみ》の恐《おそ》れなんど、あるべくも思《おも》はれねば、力《ちから》はなくても怪《け》しうはあらず、最《もつと》も便《たより》よきは年《とし》こそ取《と》つたれ
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