たわら》より、
「喧嘩《けんか》してはいけません。また動悸《どうき》を高くします。」
「ほんとに串戯《じょうだん》は止《よ》して新さん、きづかうほどのことはないのでしょうね。」
「いいえ、わけやないんだそうだけれど、転地しなけりゃ不可《いけない》ッていうんです。何、症が知れてるの。転地さえすりゃ何でもないって。」
「そんならようござんすけれど、そして何時の汽車だッけね。」
「え、もうそろそろ。」
と予は椅子《いす》を除《の》けてぞ立ちたる。
「ミリヤアド。」
ミリヤアドは頷《うなず》きぬ。
「高津さん。」
「はい、じゃ、まあいっていらっしゃいまし、もうねえ、こんなにおなんなすったんですから、ミリヤアドのことはおきづかいなさらないで、大丈夫でござんすから。」
「それでは。」
ミリヤアドは衝《つ》と立ちあがり、床に二ツ三ツ足ぶみして、空ざまに手をあげしが、勇ましき面色《おももち》なりき。
「こんなに、よくなりました。上杉さん、大丈夫、駈《か》けてみましょう。門《かど》まで、」
といいあえず、上着の片褄《かたづま》掻取《かいと》りあげて小刻《こきざみ》に足はやく、颯《さっ》と芝生におり立ちぬ。高津は見るより、
「あら、まだそんなことをなすッちゃいけません。いけませんよ。」
と呼び懸けながら慌《あわただ》しく追い行《ゆ》きたる、あとよりして予は出でぬ。
木戸の際にて見たる時ミリヤアドは呼吸忙《いきせわ》しくたゆげなる片手をば、垂れて高津の肩に懸け、頭《こうべ》を少し傾けいたりき。
石段
「いいめをみせたんですよ、だからいけなかったんです。あの当時しばらくはどういうものでしょう、それはね、ほんとに嘘のように元気がよくおなんなすッて、肺病なんてものは何でもないものだ。こんなわけのないものはないッてっちゃ、室《へや》の中を駈《か》けてお歩行《ある》きなさるじゃありませんか。そうしちゃあね、(高津さん、歌をうたッて聞かせよう)ッてあの(なざれの歌)をね、人の厭《いや》がるものをつかまえてお唄いなさるの。唄っちゃ(ああ、こんなじゃ洋琴《オルガン》も役に立たない、)ッて寂《さみ》しい笑顔をなさるとすぐ、呼吸《いき》が苦しくなッて、顔へ血がのぼッて来るのだから、そんなことなすッちゃいけませんてッて、いつでも寝さしたんですよ。
しかしね、こんな塩梅《あんばい》な
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