分りましたか、上杉さん、ね、ミリヤアド。」
「上杉さん。」
極めて低けれど忘れぬ声なり。
「こんなになりました。」
とややありて切なげにいいし一句にさえ、呼吸《いき》は三たびぞ途絶えたる。昼中の日影さして、障子にすきて見ゆるまで、空|蒼《あお》く晴れたればこそかくてあれ、暗くならば影となりて消えや失《う》せむと、見る目も危うく窶《やつ》れしかな。
「切のうござんすか。」
ミリヤアドは夢見る顔なり。
「耳が少し遠くなっていらっしゃいますから、そのおつもりで、新さん。」
「切のうござんすか。」
頷《うなず》く状《さま》なりき。
「まだ可いんですよ。晩方になって寒くなると、あわれにおなんなさいます。それに熱が高くなりますからまるで、現《うつつ》。」
と低声《こごえ》にいう。かかるものをいかなる言《ことば》もて慰むべき。果《はて》は怨《うら》めしくもなるに、心激して、
「どうするんです、ミリヤアド、もうそんなでいてどうするの。」
声高にいいしを傍《かたわら》より目もて叱られて、急に、
「何ともありませんよ、何、もう、いまによくなります。」
いいなおしたる接穂《つぎほ》なさ。面《おもて》を背けて、
「治らないことはありません。治るよ、高津さん。」
高津は勢《いきおい》よく、
「はい、それはあなた、神様がいらっしゃいます。」
予はまた言わざりき。
誓
月|凍《い》てたり。大路《おおじ》の人の跫音《あしおと》冴えし、それも時過ぎぬ。坂下に犬の吠《ほ》ゆるもやみたり。一《ひと》しきり、一しきり、檐《のき》に、棟に、背戸の方《かた》に、颯《さ》と来て、さらさらさらさらと鳴る風の音。この凩《こがらし》! 病む人の身をいかんする。ミリヤアドは衣《きぬ》深く引被《ひきかつ》ぐ。かくは予と高津とに寝よとてこそするなりけれ。
かかる夜《よ》を伽《とぎ》する身の、何とて二人の眠らるべき。此方《こなた》もただ眠りたるまねするを、今は心安しとてやミリヤアドのやや時すぐれば、ソト顔を出だして、あたりをば見まわしつつ、いねがてに明《あけ》を待つ優しき心づかい知りたれば、その夜もわざと眠るまねして、予は机にうつぶしぬ。
掻巻《かいまき》をば羽織らせ、毛布《けっと》引《ひき》かつぎて、高津は予が裾《すそ》に背《せな》向けて、正しゅう坐るよう膝をまげて、横にまくらつけしが
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