るべし、色白く妍《かおよ》き女の、目の働き活々《いきいき》して風采《とりなり》の侠《きゃん》なるが、扱帯《しごき》きりりと裳《もすそ》を深く、凜々《りり》しげなる扮装《いでたち》しつ。中ざしキラキラとさし込みつつ、円髷《まるまげ》の艶《つやや》かなる、旧《もと》わが居たる町に住みて、亡き母上とも往来《ゆきき》しき。年紀《とし》少《わか》くて孀《やもめ》になりしが、摩耶の家に奉公するよし、予もかねて見知りたり。
 目を見合せてさしむかいつ。予は何事もなく頷《うなず》きぬ。
 女はじっと予を瞻《みまも》りしが、急にまた打笑えり。
「どうもこれじゃあ密通《まおとこ》をしようという顔じゃあないね。」
「何をいうんだ。」
「何をもないもんですよ。千ちゃん! お前様《まえさん》は。」
 いいかけて渠《かれ》はやや真顔になりぬ。
「一体お前様まあ、どうしたというんですね、驚いたじゃアありませんか。」
「何をいうんだ。」
「あれ、また何をじゃアありませんよ。盗人《ぬすびと》を捕えて見ればわが児《こ》なりか、内の御新造様《ごしんぞさま》のいい人は、お目に懸《かか》るとお前様だもの。驚くじゃアありませんか。え、千ちゃん、まあ何でも可《い》いから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店《うらだな》の媽々《かか》が飛出したって、お附合五六軒は、おや、とばかりで騒ぐわねえ。千ちゃん、何だってお前様、殿様のお城か、内のお邸《やしき》かという家の若御新造が、この間の御遊山から、直ぐにどこへいらっしゃったかお帰りがない、お行方が知れないというのじゃアありませんか。
 ぱッとしたら国中の騒動になりますわ。お出入《でいり》が八方に飛出すばかりでも、二千や三千の提灯《ちょうちん》は駈《か》けまわろうというもんです。まあ察しても御覧なさい。
 これが下々《したじた》のものならばさ、片膚脱《かたはだぬぎ》の出刃庖丁の向う顧巻《はちまき》か何かで、阿魔《あま》! とばかりで飛出す訳じゃアあるんだけれど、何しろねえ、御身分が御身分だから、実は大きな声を出すことも出来ないで、旦那様《だんなさま》は、蒼《あお》くなっていらっしゃるんだわ。
 今朝のこッたね、不断|一八《いっぱち》に茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心様がね、あの方はね、平時《いつも》はお前様、八十にもなっていてさ、山から下駄穿《げたばき》でしゃんしゃんと下りていらっしゃるのに、不思議と草鞋穿《わらじばき》で、饅頭笠《まんじゅうがさ》か何かで遣《や》って見えてさ、まあ、こうだわ。
(御宅の御新造|様《さん》は、私《わし》ン処《とこ》に居ますで案じさっしゃるな、したがな、また旧《もと》なりにお前の処へは来ないからそう思わっしゃいよ。)
 と好《すき》なことをいって、草鞋も脱がないで、さっさっ去《い》っておしまいなすったじゃないか。
 さあ騒ぐまいか。あっちこち聞きあわせると、あの尼様はこの四五日《しごんち》前から方々の帰依者《きえしゃ》ン家《とこ》をずっと廻って、一々、
(私《わし》はちっと思い立つことがあって行脚《あんぎゃ》に出ます。しばらく逢わぬでお暇乞《いとまごい》じゃ。そして言っておくが、皆の衆決して私《わし》が留守へ行って、戸をあけることはなりませぬぞ。)
 と、そういっておあるきなすッたそうさね、そして肝心のお邸を、一番あとまわしだろうじゃあないかえ、これも酷《ひど》いわね。」

       三

「うっちゃっちゃあおかれない、いえ、おかれないどころじゃあない。直ぐお迎いをというので、お前様《まえさん》、旦那に伺うとまあどうだろう。
 御遊山を遊ばした時のお伴のなかに、内々|清心庵《あまでら》にいらっしゃることを突留めて、知ったものがあって、先《せん》にもう旦那様に申しあげて、あら立ててはお家の瑕瑾《かきん》というので、そっとこれまでにお使《つかい》が何遍も立ったというじゃアありませんか。
 御新造様は何といっても平気でお帰り遊ばさないというんだもの。ええ! 飛んでもない。何とおっしゃったって引張《ひっぱ》ってお連れ申しましょうとさ、私とお仲さんというのが二人で、男衆を連れてお駕籠を持ってさ、えッちらおッちらお山へ来たというもんです。
 尋ねあてて、尼様《あまさん》の家《とこ》へ行って、お頼み申します、とやると、お前様。
(誰方《どなた》、)
 とおっしゃって、あの薄暗いなかにさ、胸の処から少し上をお出し遊ばして、真白《まっしろ》な細いお手の指が五本|衝立《ついたて》の縁へかかったのが、はッきり見えたわ、御新造様だあね。
 お髪《ぐし》がちいっと乱れてさ、藤色の袷《あわせ》で、ありゃしかも千ちゃん、この間お出かけになる時に私が後《うしろ》からお懸け申したお召《
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