るべし、色白く妍《かおよ》き女の、目の働き活々《いきいき》して風采《とりなり》の侠《きゃん》なるが、扱帯《しごき》きりりと裳《もすそ》を深く、凜々《りり》しげなる扮装《いでたち》しつ。中ざしキラキラとさし込みつつ、円髷《まるまげ》の艶《つやや》かなる、旧《もと》わが居たる町に住みて、亡き母上とも往来《ゆきき》しき。年紀《とし》少《わか》くて孀《やもめ》になりしが、摩耶の家に奉公するよし、予もかねて見知りたり。
 目を見合せてさしむかいつ。予は何事もなく頷《うなず》きぬ。
 女はじっと予を瞻《みまも》りしが、急にまた打笑えり。
「どうもこれじゃあ密通《まおとこ》をしようという顔じゃあないね。」
「何をいうんだ。」
「何をもないもんですよ。千ちゃん! お前様《まえさん》は。」
 いいかけて渠《かれ》はやや真顔になりぬ。
「一体お前様まあ、どうしたというんですね、驚いたじゃアありませんか。」
「何をいうんだ。」
「あれ、また何をじゃアありませんよ。盗人《ぬすびと》を捕えて見ればわが児《こ》なりか、内の御新造様《ごしんぞさま》のいい人は、お目に懸《かか》るとお前様だもの。驚くじゃアありませんか。え、千ちゃん、まあ何でも可《い》いから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店《うらだな》の媽々《かか》が飛出したって、お附合五六軒は、おや、とばかりで騒ぐわねえ。千ちゃん、何だってお前様、殿様のお城か、内のお邸《やしき》かという家の若御新造が、この間の御遊山から、直ぐにどこへいらっしゃったかお帰りがない、お行方が知れないというのじゃアありませんか。
 ぱッとしたら国中の騒動になりますわ。お出入《でいり》が八方に飛出すばかりでも、二千や三千の提灯《ちょうちん》は駈《か》けまわろうというもんです。まあ察しても御覧なさい。
 これが下々《したじた》のものならばさ、片膚脱《かたはだぬぎ》の出刃庖丁の向う顧巻《はちまき》か何かで、阿魔《あま》! とばかりで飛出す訳じゃアあるんだけれど、何しろねえ、御身分が御身分だから、実は大きな声を出すことも出来ないで、旦那様《だんなさま》は、蒼《あお》くなっていらっしゃるんだわ。
 今朝のこッたね、不断|一八《いっぱち》に茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心様がね、あの方はね、平時《いつも》はお前様、八十にもなってい
前へ 次へ
全16ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング