ても可《い》いけれど、千ちゃんは一所に居てあげないと死んでおしまいだから可哀相《かわいそう》だもの。)
 とこれじゃあもう何にもいうことはありませんわ。ここなの、ここなんだがね、千ちゃん、一体こりゃ、ま、お前さんどうしたというのだね。」
 女はいいかけてまた予が顔を瞻《みまも》りぬ。予はほと一|呼吸《いき》ついたり。
「摩耶さんが知っておいでだよ、私は何にも分らないんだ。」
「え、分らない。お前さん、まあ、だって御自分のことが御自分に。」
 予は何とかいうべき。
「お前、それが分る位なら、何もこんなにゃなりやしない。」
「ああれ、またここでもこうだもの。」

       五

 女はまたあらためて、
「一体詮じ詰めた処が千ちゃん、御新造様と一所に居てどうしようというのだね。」
 さることはわれも知らず。
「別にどうってことはないんだ。」
「まあ。」
「別に、」
「まあさ、御飯をたいて。」
「詰《つま》らないことを。」
「まあさ、御飯をたいて、食べて、それから、」
「話をしてるよ。」
「話をして、それから。」
「知らない。」
「まあ、それから。」
「寝っちまうさ。」
「串戯《じょうだん》じゃあないよ。そしてお前様《まえさん》、いつまでそうしているつもりなの。」
「死ぬまで。」
「え、死ぬまで。もう大抵じゃあないのね。まあ、そんならそうとして、話は早い方が可《い》いが、千ちゃん、お聞き。私だって何も彼家《あすこ》へは御譜代というわけじゃあなしさ、早い話が、お前さんの母様《おっかさん》とも私あ知合だったし、そりゃ内の旦那より、お前さんの方が私ゃまったくの所、可愛いよ。可いかね。
 ところでいくらお前さんが可愛い顔をしてるたって、情婦《いろ》を拵《こしら》えたって、何もこの年紀《とし》をしてものの道理がさ、私がやっかむにも当らずか、打明けた所、お前さん、御新造様と出来たのかね。え、千ちゃん、出来たのならそのつもりさ。お楽《たのし》み! てなことで引退《ひきさが》ろうじゃあないか。不思議で堪《たま》らないから聞くんだが、どうだねえ、出来たわけかね。」
「何がさ。」
「何がじゃあないよ、お前さん出来たのなら出来たで可いじゃあないか、いっておしまいよ。」
「だって、出来たって分らないもの。」
「むむ、どうもこれじゃあ拵えようという柄《がら》じゃあないのね。いえね、何も忠義だてを
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