られて、いざ、と言う前、しばらくを猶予《ためら》うて立つと、風が誘って、時々さらさらさらさらと、そこらの鳴るのが、虫の声の交らぬだけ、余計に響く。……
ひょっこり肌脱の若衆《わかいしゅ》が、草鞋穿《わらじばき》で出て来そうでもあるし、続いて、山伏がのさのさと顕《あら》われそうにもある。大方人の無い、こんな場所へ来ると、聞いた話が実際の姿になって、目前《めさき》へ幻影《まぼろし》に出るものかも知れぬ。
現にそれ、それそれ、若衆が、山伏が、ざわざわと出て、すっと通る――通ると……その形が幻を束《つか》ねた雲になって、颯《さっ》と一つ谷へ飛ぶ。程もあらせず、むっくりと湧《わ》いて来て、ふいと行《ゆ》くと、いつの間にか、草の上へちぎれちぎれに幾つも出る。中には動かずに凝《じっ》と留まって、裾《すそ》の消えそうな山伏が、草の上に漂々として吹かれもやらず浮くのさえある。
またふわりと来て、ぱっと胸に当って、はっとすると、他愛《たわい》もなく、形なく力もなく、袖を透かして背後《うしろ》へ通る。
三造は誘われて、ふらふらとなって、ぎょっとしたが、つらつら見ると、むこうに立った雲の峰が、はらはら
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