靄《もや》の底の方に響きました。虚空へ上って、ぎゃっと啼くかと思うと、直ぐにまたぎゃっと来る。
ちょうど谷底から、一軒家を、環《わ》に飛び廻っているようです。幾羽も居るんなら居るで可いが、何だか、その声が、同《おんな》じ一つ鳥のらしいので、変に心地が悪いのです。……およそ三四十|度《たび》、声が聞えたでしょうか。
枕頭《まくらもと》で、ウーンと呻吟《うめ》くのが響き出した、その声が、何とも言われぬ……」
二十八
「寝てから多時《しばらく》経《た》つ。これは昼間からの気疲れに、自分の魘《うな》される声が、自然と耳に入るのじゃないか。
そうも思ったが、しかしやっぱり聞える。聞えるからには、自分でないのは確《たしか》でしょう。
またどうも呻吟《うめ》くのが、魘されるのとは様子が違って、苦《くるし》み※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]《もが》くといった調子だ……さ、その同一《おなじ》苦み※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]くというにも、種々《いろいろ》ありますが、訳は分らず、しかもその苦悩《くるしみ》が容易じゃない。今にも息を引取るか、なぶり殺しに切刻《きざ》まれてでもいそうです。」
「やあやあ、どちらの御婦人で。」
「いや、男の声。不思議にも怪しいにも、婦人《おんな》なら母屋の方に縁はあるが、まさしく男なんですものね。」
「男の声かな、ええ、それは大変。生血を吸われる夥間《おなかま》らしい、南無三《なむさん》、そこで?」
「何しろどこだ知らん。薄気味悪さに、頭《かしら》を擡《もた》げて、熟《じっ》と聞くと……やっぱり、ウーと呻吟《うな》る、それが枕許のその本箱の中らしい。」
「本箱の?」
「一体、向うへ向けたのが気になったんだが、それにしても本箱の中は可訝《おかし》い、とよくよく聞き澄しても、間違いでないばかりか、今度は何です、なお困ったのは、その声が一人でない、二人――三人――三個《みッつ》の本箱、どれもこれも唸《うな》っている。
ウーウーウーという続けさまのは、厭《いや》な内にもまだしも穏かな方で、時々、ヒイッと悲鳴を上げる、キャッと叫ぶ、ダァーと云う。突刺された、斬《き》られた、焼かれた、と、秒を切って劃《くぎり》のつくだけ、一々ドキリドキリと胸へ来ます。
私はむっくり起直った。
ああ、硫黄《いおう》の臭《におい
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