く、瞼《まぶた》をほんのりさして、片手ついたなりに顔を上げた美しさには、何にもかも忘れました。
(とんでもない。)
と突《つん》のめるように巻煙草を火入《ひいれ》に入れたが、トッチていて吸いつきますまい。
(お火が消えましたかしら。)
とちょっと翳《かざ》した、火入れは欠けて燻《くす》ぶったのに、自然木《じねんぼく》を抉抜《くりぬき》の煙草盆。なかんずく灰吹《はいふき》の目覚しさは、……およそ六貫目|掛《がけ》の筍《たけのこ》ほどあって、縁《へり》の刻々《ささら》になった代物、先代の茶店が戸棚の隅に置忘れたものらしい。
何の、火は赤々とあって、白魚《しらお》に花が散りそうでした。
やっと煙《けむ》のような煙《けむり》を吸ったが、どうやら吐掛けそうで恐縮で、開けた障子の方へ吹出したもんです。その煙がふっと飛んで、裏の峰から一颪《ひとおろし》颯《さっ》と吹込む。
と胸をずらして、燈《あかり》を片隅に押しましたが、灯が映るか、目のふちの紅《くれない》は薄らがぬ。で、すっと吸うように肩を細めて、
(おお、涼しい。お月様の音ですかね、月の出には颯《さっ》といってきっと峰から吹きますよ。あれ、御覧なさいまし。)
と燈《あかり》を背《せな》に、縁の端へ仰向《あおむ》いた顔で恍惚《うっとり》する。
(栗の林へ鵲《かささぎ》の橋が懸《かか》りました。お月様はあれを渡って出なさいます。いまに峰を離れますとね、谷の雲が晃々《きらきら》と、銀のような波になって、兎の飛ぶのが見えますよ。)
(ほとんど仙境《せんきょう》。)
と私は手を支《つ》いて摺《ず》って出ました。
(まるで、人間界を離れていますね。)
……お先達、私のこう言ったのはどうです。」
急に問われて、山伏は、
「ははあ、」
と言う。
二十五
「驚駭《おどろき》に馴《な》れて、いくらか度胸も出来たと見え、内々|諷《ふう》する心持もあったんですね。
直ぐには答えないで、手捌《てさば》きよく茶を注《つ》いで、
(粗《ひど》いんですよ。)
と言う、自分の湯呑《ゆのみ》で、いかにも客の分といっては茶碗一つ無いらしい。いや、粗いどころか冥加《みょうが》至極。も一つ唐草《からくさ》の透《すか》し模様の、硝子《ビイドロ》の水呑が俯向《うつむ》けに出ていて、
(お暑いんですから、冷水《おひや》がお宜《よろ
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