なか》に据えた座蒲団《ざぶとん》の友染模様《ゆうぜんもよう》が、桔梗《ききょう》があって薄《すすき》がすらすら、地が萌黄《もえぎ》の薄い処、戸外《おもて》の猿ヶ馬場そっくりというのを、ずッと避けて、ぐるぐる廻りは、早や我ながら独りでぐでんに酔ったようで、座敷が揺れる、障子が動く、目が廻る。ぐたりと手を支《つ》く、や、またぐたりと手を支く。
これじゃならん、と居坐居《いずまい》を直して、キチンとすると、掻合《かきあ》わせる浴衣を……潜《くぐ》って触る自分の身体《からだ》が、何となく、するりと女性《にょしょう》のようで、ぶるッとして、つい、と腕を出して、つくづくと視《なが》める始朱。さ、こうなると、愚にもつかぬ、この長い袖の底には、針のようを褐色《かばいろ》の毛がうじゃうじゃ……で、背中からむずつきはじめる。
もっとも、今浴衣を持って来て、
(私もちょいと失礼をいたしますよ。)
で、貴婦人は母屋《おもや》へ入った――当分離座敷に一人の段取《だんどり》で。
その内に、床の間へ目が着きますとね、掛地《かけじ》がない。掛地なしで、柱の掛花活《かけはないけ》に、燈火《あかり》には黒く見えた、鬼薊《おにあざみ》が投込んである。怪《け》しからん好みでしょう、……がそれはまだ可《い》い。傍《わき》の袋戸棚と板床の隅に附着《くッつ》けて、桐の中古《ちゅうぶる》の本箱が三箇《みっつ》、どれも揃って、彼方《むこう》向きに、蓋《ふた》の方をぴたりと壁に押着《おッつ》けたんです。……」
「はあ、」
とばかりで、山伏は膝の上で手を拡げた。
「昔|修行者《しゅぎょうじゃ》が、こんな孤家《ひとつや》に、行暮《ゆきく》れて、宿を借ると、承塵《なげし》にかけた、槍《やり》一筋で、主人《あるじ》の由緒が分ろうという処。本箱は、やや意を強うするに足ると思うと、その彼方《むこう》向けの不開《あかず》の蓋で、またしても眉を顰《ひそ》めずにはいられませんのに、押並べて小机があった。は可懐《なつか》しいが、どうです――その机の上に、いつの間に据えたか、私のその、蝦蟇口《がまぐち》と手拭が、ちゃんと揃えて載せてあるのではありませんか、お先達。」
と境は居直る。
二十四
「背後《うしろ》は峰で、横は谷です。峰も、胴《どうなか》の窪《くぼ》んだ、頭《かしら》がざんばらの栗の林で蔽《おお》い被
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