したで、携えました金剛を、一番|突立《つった》てておこう了簡《りょうけん》。
薄《すすき》の中へぐいと入れたが、ずぶりと参らぬ。草の根が張って、ぎしぎしいう、こじったが刺《ささ》りません。えいと杖の尖《さき》で捏《こ》ねる内に、何の花か、底光りがして艶《つや》を持った黄色いのが、右の突捲《つきまく》りで、薄《すすき》なりに、ゆらゆら揺れたと思うと、……」
「おお!」
「得も言われぬ佳《い》い匂《におい》がしました。はてな、あの一軒家の戸口を覗《のぞ》くと、ちらりと見えた――や、その艶麗《あでやか》なことと申すものは。――
時ならぬ月が廂《ひさし》から衝《つ》と出たように、ぱっと目に映るというと、手も足も突張りました。
必ず、どんな姿で、どんな顔立じゃなぞとお尋ね御無用。まだまだ若衆の方が間違いにもいたせ、衣服《きもの》の色合だけも覚えて来たのが目っけものじゃ。いやはや、私《てまえ》の方はただ颯《さっ》と白いものが一軒家の戸口に立ったと申すまでで――衣服が花やら、体が雪やら、さような事は真暗三宝《まっくらさんぽう》、しかも家の内の暗い処へ立たれた工合《ぐあい》が、牛か、熊にでも乗られたようでな、背が高い。
(鬼じゃ、)
と、私《てまえ》一つ大声を上げました。
(鬼じゃ、鬼じゃ。)
と、こうぬっと腕を突張《つっぱ》った。金剛杖《こんごうづえ》を棄置いて、腰の据《すわ》らぬ高足を※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と踏んで、躍上《おどりあが》るようにその前を通った、が、可笑《おかし》い事には、対方《さき》が女性《にょしょう》じゃに因って、いつの間にか、自分ともなく、名告《なのり》が慇懃《いんぎん》になりましてな。……
(鬼でござる。)
と夢中で喚《わめ》いて、どうやら無事に、猿ヶ馬場は抜けました。で、後はこの坂一なだれ、転げるように駆下りたでございます。――
処で、先刻の不調法、」
と息を吐《つ》き、
「何とも、恥を申さぬと理が聞えませぬ、仔細《しさい》はこうでござります――が、さて同一《おなじ》人間……も変なれども、この際……とでも申すかな、その貴辺《あなた》を前に置いて、今お話をしまする段になるというと、いや、我ながらあんまりな慌て方、此方《こなた》こそ異形を扮装《いでたち》をしましたけれども、彼方《あなた》は何にせよ女体でござる。風
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