兵《ぐんぴょう》。伏屋《ふせや》が門《かど》の卯《う》の花も、幽霊の鎧《よろい》らしく、背戸の井戸の山吹も、美女《たおやめ》の名の可懐《なつかし》い。
 これは旧《もと》とても異《かわ》りはなかった。しかしその頃は、走らす車、運ぶ草鞋《わらじ》、いざ峠にかかる一息つくため、ここに麓路《ふもとじ》を挟《さしはさ》んで、竹の橋の出外《ではず》れに、四五軒の茶店があって、どこも異らぬ茶染《ちゃぞめ》、藍染《あいぞめ》、講中手拭《こうじゅうてぬぐい》の軒にひらひらとある蔭から、東海道の宿々のように、きちんと呼吸《いき》は合わぬながら、田舎は田舎だけに声繕《こわづくろ》いして、
「お掛けやす。」
「お休みやーす。」
 それ、馬のすずに調子を合わせる。中には若い媚《なま》めかしい声が交って、化粧した婦《おんな》も居た。
 境も、往《ゆ》き還《かえ》り奥の見晴しに通って、縁から峠に手を翳《かざ》す、馴染《なじみ》の茶店があったのであるが、この度見ると、可なり広いその家構《やがまえ》の跡は、草|茫々《ぼうぼう》、山を見通しの、ずッと裏の小高い丘には、松が一本、野を守る姿に立って、小さな墓の累《かさな》ったのが望まれる。
 由緒ある塚か、知らず、そこを旅人の目から包んでいた一叢《ひとむら》の樹立《こだち》も、大方切払われたのであろう、どこか、あからさまに里が浅くなって、われ一人、草ばかり茂った上に、影の濃いのも物寂しい。
 それに、藁屋《わらや》や垣根の多くが取払われたせいか、峠の裾《すそ》が、ずらりと引いて、風にひだ打つ道の高低《たかひく》、畝々《うねうね》と畝った処が、心覚えより早や目前《めさき》に近い。
 が、そこまでは並木の下を、例に因って、畷《なわて》の松が高く、蔭が出来て涼《すずし》いから、洋傘《こうもり》を畳んで支《つ》いて、立場《たてば》の方を振返ると、農家は、さすがに有りのままで、遠い青田に、俯向《うつむ》いた菅笠《すげがさ》もちらほらあるが、藁葺《わらぶき》の色とともに、笠も日向《ひなた》に乾《から》びている。
 境は急に心細いようになった。前《さき》にも後にも、往来《ゆきき》の人はなかったのである。
 偶《ふ》と思出したことがあって、三造は並木の梢《こずえ》――松の裏を高く仰いで見た。鵲《かささぎ》の尾の、しだり尾の靡《なび》きはせずや。……

       二
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