婦人は、
(縁のある貴下《あなた》。……ここに居て、打ちもし、蹴りもし、縛《くく》りもして、悪い癖を治して上げて下さい。)
と言う。
若い人は、
(おなつかしい方だけに、こんな魔所には留められません、身体《からだ》の斑《ぶち》が消えないでは。)
と、しっかり袂《たもと》に縋《すが》って泣きます。
私は、死ぬ決心をするほど迷った。
果しなく猶予《ためら》っているのを見て、大方、それまでに話した様子で、後で呪詛《のろ》われるのを恐れるために、立て得ないんだと思ったらしい。
沓脱《くつぬぎ》をつかつかと、真白い跣足《はだし》で背戸へ出ると、母屋の羽目《はめ》を、軒へ掛けて、森のように搦《から》んだ烏瓜《からすうり》の蔓《つる》を手繰《たぐ》って、一束《ひとつか》ねずるずると引きながら、浅茅生《あさぢう》の露に膝を埋《うず》めて、背《せな》から袖をぐるぐると、我手《わがて》で巻くので、花は雪のように降りかかった。
旭《あさひ》が出ました。
驚く私を屹《きっ》と見て
(誓《ちかい》は違《たが》えぬ! 貴下が去《い》って、他《ほか》の犠牲《にえ》の――巣にかかるまで、このままここで動きはしない、)
心安く下山せよ。
(さあ、)
と言うと、一目|凝《じっ》と見た目を瞑《ねむ》って、黒髪をさげて俯向《うつむ》いたんです。
顔を背けて、我にもあらず、縁に腰を落した内に、貴婦人が草鞋《わらじ》を結んだ。
堪《たま》らなくなって、飛出して、蔓《つる》を解こうと手を懸ける。胸を引いて頭《つむり》を掉《ふ》るから、葉を引※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《ひきむし》って、私は涙を落しました。
(私なんざ構わんから。)
(いいえ、こうしてまで誓を立てぬと、私は貴下を殺すことを、自分でも制し切れない。一夜《ひとよ》冥土《めいど》へ留めました。お生きなさいまし、新《あらた》にお存《なが》らえ遊ばせ。)
と、目を潤《うる》ましたが凜々《りり》しく云う。
(たとい、しばらくの辛抱でも。男を呪詛《のろ》う気のないのは、お綾さんにも幸福《しあわせ》です。そうしておおきなさいまし。)
と、貴婦人が、金剛杖も一所に渡した。
膝さがりに荷を下げて、杖を抱いてしょんぼり立つのを……
(さようなら、御機嫌よう。)
(はっ、)
と言って土間へ出たが、振返ると、若い女《ひと》
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