た時は、少《わか》い人の膝枕で、貴婦人が私の胸を撫でていました。」
三十三
「お先達、そこで二人して交《かわ》るがわる話しました。――峠の一軒家を買取ったのは、貴婦人なんです。
これは当時石川県のある顕官《けんかん》の令夫人、以前は某《なにがし》と云う一時富山の裁判長だった人の令嬢で、その頃この峠を越えて金沢へ出て、女学校に通っていたのが、お綾と云う、ある蒔絵師《まきえし》の娘と一つ学校で、姉妹のように仲が好《よ》かったんだそうです。
対手《さき》は懺悔《ざんげ》をしたんですが、身分を思うから名は言いますまい。……貴婦人は十八九で、もう六七人|情人《じょうじん》がありました。多情な女で、文ばかり通わしているのや、目顔で知らせ合っただけなのなんぞ――その容色《きりょう》でしかも妙齢《としごろ》、自分でも美しいのを信じただけ、一度|擦違《すれちが》ったものでも直ぐに我を恋うると極《き》めていたので――胸に描いたのは幾人だか分らなかった。
罪の報《むくい》か。男どもが、貴婦人の胸の中で掴《つか》み合いをはじめた。野郎が恐らくこのくらい気の利かない話はない。惚《ほ》れた女の腹の中で、じたばたでんぐり返しを打って騒ぐ、噛《か》み合う、掴み合う、引掻《ひっか》き合う。
この騒ぎが一団《ひとかたまり》の仏掌藷《つくねいも》のような悪玉《あくだま》になって、下腹から鳩尾《みずおち》へ突上げるので、うむと云って歯を喰切《くいしば》って、のけぞるという奇病にかかった。
はじめの内は、一日に、一度二度ぐらいずつで留《とま》ったのが、次第に嵩《こう》じて、十回以上、手足をぶるぶると震わして、人事不省で、烈《はげ》しい痙攣《けいれん》を起す容体だけれども、どこもちっとも痛むんじゃない。――ただ夢中になって反っちまって、白い胸を開けて見ると、肉へ響いて、団《かたまり》が動いたと言います。
三度五度は訳も解らず、宿のものが回生剤《きつけ》だ、水だ、で介抱して、それでまた開きも着いたが、日一日数は重なる。段々開きが遅くなって、激《はげし》い時は、半時も夢中で居る。夢中で居ながら、あれ、誰《た》が来て怨《うら》む、彼《か》が来て責める、咽喉《のど》を緊《し》める、指を折る、足を捻《ねじ》る、苦しい、と七転八倒。
情人が押懸けるんです。自分で口走るので、さては、と皆《み
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