》さく、堅《かた》くなつて、おど/\して、其癖《そのくせ》、驅《か》け出《だ》さうとする勇氣《ゆうき》はなく、凡《およ》そ人間《にんげん》の歩行《ほかう》に、ありツたけの遲《おそ》さで、汗《あせ》になりながら、人家《じんか》のある處《ところ》をすり拔《ぬ》けて、やう/\石地藏《いしぢざう》の立《た》つ處《ところ》。
ほツと息《いき》をすると、びよう/\と、頻《しきり》に犬《いぬ》の吠《ほ》えるのが聞《きこ》えた。
一《ひと》つでない、二《ふた》つでもない。三頭《みつ》も四頭《よつ》も一齊《いつせい》に吠《ほ》え立《た》てるのは、丁《ちやう》ど前途《ゆくて》の濱際《はまぎは》に、また人家《じんか》が七八|軒《けん》、浴場《よくぢやう》、荒物屋《あらものや》など一廓《ひとくるわ》になつて居《ゐ》る其《その》あたり。彼處《あすこ》を通拔《とほりぬ》けねばならないと思《おも》ふと、今度《こんど》は寒氣《さむけ》がした。我《われ》ながら、自分《じぶん》を怪《あやし》むほどであるから、恐《おそ》ろしく犬《いぬ》を憚《はゞか》つたものである。進《すゝ》まれもせず、引返《ひきかへ》せば再《ふたゝ》び石臼《いしうす》だの、松《まつ》の葉《は》だの、屋根《やね》にも廂《ひさし》にも睨《にら》まれる、あの、此上《このうへ》もない厭《いや》な思《おもひ》をしなければならぬの歟《か》と、それもならず。靜《ぢつ》と立《た》つてると、天窓《あたま》がふら/\、おしつけられるやうな、しめつけられるやうな、犇々《ひし/\》と重《おも》いものでおされるやうな、切《せつ》ない、堪《たま》らない氣《き》がして、もはや!横《よこ》に倒《たふ》れようかと思《おも》つた。
處《ところ》へ、荷車《にぐるま》が一|臺《だい》、前方《むかう》から押寄《おしよ》せるが如《ごと》くに動《うご》いて、來《き》たのは頬被《ほゝかぶり》をした百姓《ひやくしやう》である。
これに夢《ゆめ》が覺《さ》めたやうになつて、少《すこ》し元氣《げんき》がつく。
曳《ひ》いて來《き》たは空車《からぐるま》で、青菜《あをな》も、藁《わら》も乘《の》つて居《ゐ》はしなかつたが、何故《なぜ》か、雪《ゆき》の下《した》の朝市《あさいち》に行《ゆ》くのであらうと見《み》て取《と》つたので、なるほど、星《ほし》の消《き》えたのも、空《そら》が
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