、その癖、駆《か》け出そうとする勇気はなく、凡《およ》そ人間の歩行に、ありッたけの遅さで、汗になりながら、人家のある処《ところ》をすり抜けて、ようよう石地蔵の立つ処。
ほッと息をすると、びょうびょうと、頻《しきり》に犬の吠《ほ》えるのが聞えた。
一つでない、二つでもない。三頭《みつ》も四頭《よつ》も一斉に吠え立てるのは、丁《ちょう》ど前途《ゆくて》の浜際《はまぎわ》に、また人家が七八軒、浴場、荒物屋《あらものや》など一廓《ひとくるわ》になって居《い》るそのあたり。彼処《あすこ》を通抜《とおりぬ》けねばならないと思うと、今度は寒気《さむけ》がした。我ながら、自分を怪《あやし》むほどであるから、恐ろしく犬を憚《はばか》ったものである。進まれもせず、引返《ひきかえ》せば再び石臼《いしうす》だの、松の葉だの、屋根にも廂《ひさし》にも睨《にら》まれる、あの、この上《うえ》もない厭《いや》な思《おもい》をしなければならぬの歟《か》と、それもならず。静《じっ》と立ってると、天窓《あたま》がふらふら、おしつけられるような、しめつけられるような、犇々《ひしひし》と重いものでおされるような、切《せつ》
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