はい》がせぬ。
その寂寞《せきばく》を破《やぶ》る、跫音《あしおと》が高いので、夜更《よふけ》に里人《さとびと》の懐疑《うたがい》を受けはしないかという懸念から、誰《たれ》も咎《とが》めはせぬのに、抜足《ぬきあし》、差足《さしあし》、音は立てまいと思うほど、なお下駄《げた》の響《ひびき》が胸を打って、耳を貫《つらぬ》く。
何《なに》か、自分は世の中の一切《すべて》のものに、現在《いま》、恁《か》く、悄然《しょんぼり》、夜露《よつゆ》で重《おも》ッくるしい、白地《しろじ》の浴衣《ゆかた》の、しおたれた、細い姿で、首《こうべ》を垂れて、唯一人、由井ヶ浜へ通ずる砂道を辿《たど》ることを、見《み》られてはならぬ、知られてはならぬ、気取《けど》られてはならぬというような思《おもい》であるのに、まあ! 廂《ひさし》も、屋根も、居酒屋の軒《のき》にかかった杉の葉も、百姓屋の土間《どま》に据《す》えてある粉挽臼《こなひきうす》も、皆目を以て、じろじろ睨《ね》めるようで、身《み》の置処《おきどころ》ないまでに、右から、左から、路《みち》をせばめられて、しめつけられて、小さく、堅くなつて、おどおどして
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