中に、毛筋の乱れました頸脚《えりあし》なんざ、雪のようで、それがあの、客だと見て真蒼《まっさお》な顔でこっちを向きましたのを、今でも私《わたくし》は忘れません。可哀そうにそれから二年目にとうとう亡《なく》なりましたが、これは府中に居た女郎上りを買って来て置いたのだと申します。
 もうその以前から評判が立っておりましたので、山と積まれてからが金子《かね》で生命《いのち》までは売りませんや、誰も島屋の隠居には片づき人《て》がなかったので、どういうものでございますか、その癖、そうやって、嫁が極《きま》りましても女房が居ましても、家へ顔を出しますのはやっぱり破風《はふ》から毎年その月のその日の夜中、ちょうど入梅《つゆ》の真中《まんなか》だと申します、入梅から勘定して隠居が来たあとをちょうど同一《おんなじ》ように指を折ると、大抵梅雨あけだと噂があったのでございまして。
 実際、おかみさんが出来るようになりましてからも参るのは確《たしか》に年に一度でございましたが、それとも日に三度ずつも来ましたか、そこどこはたしかなことは解りません。
 何にいたしましても、来るものも娶《と》るものも亡くなりました
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