し》十八九の時分から一時《ひとしきり》、この世の中から行方が知れなくなって、今までの間、甲州の山続き白雲《しらくも》という峰に閉籠《とじこも》って、人足《ひとあし》の絶えた処で、行い澄して、影も形もないものと自由自在に談《はなし》が出来るようになった、実に希代な予言者だと、その山の形容などというものはまるで大薩摩《おおざつま》のように書きました。
 その鼻があの爺《じじい》なんでございましてね。
 はい、いえ、さようでございます、旦那様も新聞で御存じでも、あの爺のこととは思召しますまいよ。ちっとも鼻の大きなことは書いてないのだそうでございますから。
 もっとも鐘馗《しょうき》様がお笑い遊ばしちゃあ、鬼が恐《こわ》がりはいたしますまい、私どもが申せば活如来、新聞屋さんがおっしゃればその予言者、活如来様や予言者殿の、その鼻ッつきがああだとあっては、根ッから難有味《ありがたみ》がございませんもの、売ものに咲いた花でございましょう。
 その癖雲霧が立籠めて、昼も真暗《まっくら》だといいました、甲州街道のその峰と申しますのが、今でも爺さんが時々お籠《こもり》をするという庵《いおり》がございますっ
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