政談十二社
泉鏡花
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)町端《まちはずれ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二歩|行《ゆ》く内
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》した
−−
一
東京もはやここは多摩の里、郡の部に属する内藤新宿の町端《まちはずれ》に、近頃新開で土の色赤く、日当《ひあたり》のいい冠木門《かぶきもん》から、目のふちほんのりと酔《えい》を帯びて、杖を小脇に、つかつかと出た一名の瀟洒《しょうしゃ》たる人物がある。
黒の洋服で雪のような胸、手首、勿論靴で、どういう好みか目庇《まびさし》のつッと出た、鉄道の局員が被《かぶ》るような形《かた》なのを、前さがりに頂いた。これにてらてらと小春の日の光を遮って、やや蔭になった頬骨《ほおぼね》のちっと出た、目の大きい、鼻の隆《たか》い、背のすっくりした、人品に威厳のある年齢《ねんぱい》三十ばかりなるが、引緊《ひきしま》った口に葉巻を啣《くわ》えたままで、今門を出て、刈取ったあとの蕎麦畠《そばばたけ》に面した。
この畠を前にして、門前の径《こみち》を右へ行《ゆ》けば通《とおり》へ出て、停車場《ステエション》へは五町に足りない。左は、田舎道で、まず近いのが十二社《じゅうにそう》、堀ノ内、角筈《つのはず》、目黒などへ行《ゆ》くのである。
見れば青物を市へ積出した荷車が絶えては続き、街道を在所の方へ曳《ひ》いて帰る。午後三時を過ぎて秋の日は暮れるに間もあるまいに、停車場《ステエション》の道には向わないで、かえって十二社の方へ靴の尖《さき》を廻《めぐ》らして、衝《つ》と杖《ステッキ》を突出した。
しかもこの人は牛込南町辺に住居《すまい》する法官である。去年まず検事補に叙せられたのが、今年になって夏のはじめ、新《あらた》に大審院の判事に任ぜられると直ぐに暑中休暇になったが、暑さが厳しい年であったため、痩《や》せるまでの煩いをしたために、院が開けてからも二月ばかり病気びきをして、静《しずか》に療養をしたので、このごろではすっかり全快、そこで届を出してやがて出勤をしようという。
ちょうど日曜で、久しぶりの郊
次へ
全31ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング