、仁右衛門と申しますあの鼻は、一番の惣領、二番目があとを取ります筈《はず》の処、これは厭じゃと家出をして坊さんになりました。
 そこで三蔵と申しまする、末が家《うち》へ坐りましたが、街道一の家繁昌、どういたして早やただの三蔵じゃあございません、寄合にも上席で、三蔵旦那でございまする。
 誰のお庇《かげ》だ、これも兄者人《あにじゃひと》の御守護のせい何ぞ恩返しを、と神様あつかい、伏拝みましてね、」
 と婆さんは掌《たなそこ》を合せて見せ、
「一《ある》年、やっぱりその五月雨の晩に破風から鼻を出した処で、(何ぞお望《のぞみ》のものを)と申上げますと、(ただ据えておけば可い、女房を一人、)とそういったそうでございます。」
「ふむ、」
「まあ、お聞き遊ばせ、こうなんでございますよ。
 それから何事を差置いても探しますと、ございました。来るものも一生奉公の気なら、島屋でも飼殺しのつもり、それが年寄でも不具《かたわ》でもございません。
(色の白い、美しいのがいいいい。)
 と異な声で、破風口から食好みを遊ばすので、十八になるのを伴《つ》れて参りました、一番目の嫁様は来た晩から呻《うめ》いて、泣煩うて貴方、三月日には痩衰《やせおとろ》えて死んでしまいました。
 その次のも時々悲鳴を上げましたそうですが、二年|経《た》ってやっぱり骨と皮になって、可哀そうにこれもいけません。
 さあ来るものも来るものも、一年たつか二年持つか、五年とこたえたものは居りませんで、九人までなくなったのでございます。
 あるに任して金子《かね》も出したではございましょうが、よくまあ、世間は広くッて八人の九人のと目鼻のある、手足のある、胴のある、髪の黒い、色の白い女があったものだと思いますのでございますよ。十人目に十三年生きていたという評判の婦人《おんな》が一人、それは私《わたくし》もあの辺に参りました時、饅頭を買いに寄りましてちょっと見ましたっけ。
 大柄な婦人《おんな》で、鼻筋の通った、佳《い》い容色《きりょう》、少し凄《すご》いような風ッつき、乱髪《みだれがみ》に浅葱《あさぎ》の顱巻《はちまき》を〆《し》めまして病人と見えましたが、奥の炉《ろ》のふちに立膝をしてだらしなく、こう額に長煙管をついて、骨が抜けたように、がっくり俯向《うつむ》いておりましたが。」

       十二

「百姓家の納戸の薄暗い
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