たのでございますもの、疑《うたぐ》ってみました日には、当《あて》になりはいたしません。しかしまあ何でございますね、前触《まえぶ》が皆《みんな》勝つことばかりでそれが事実《まったく》なんですから結構で、私《わたくし》などもその話を聞きました当座は、もうもう貴方。」
 と黙って聞いていた判事に強請《ねだ》るがごとく、
「お可煩《うるさ》くはいらっしゃいませんか、」
「悉《くわ》しく聞こうよ。」
 判事は倦《う》める色もあらず、お幾はいそいそして、
「ええどうぞ。条《すじ》を申しませんと解りません。私《わたくし》どもは以前、ただ戦争のことにつきましてあれが御祈祷《ごきとう》をしたり、お籠《こもり》、断食などをしたという事を聞きました時は、難有《ありがた》い人だと思いまして、あんな鼻附でも何となく尊いもののように存じましたけれども、今度のお米のことで、すっかり敵対《むこう》になりまして、憎らしくッて、癪《しゃく》に障ってならないのでございます。
 あんなもののいうことが当になんぞなりますものか。卜《うらない》もくだらない[#「くだらない」に傍点]もあったもんじゃあございません。
 でございますが、難有味《ありがたみ》はなくッても信仰はしませんでも、厭《いや》な奴は厭な奴で、私がこう悪口《あっこう》を申しますのを、形は見えませんでもどこかで聞いていて、仇《あだ》をしやしまいかと思いますほど、気味の悪い爺《じじい》なんでございまして、」
 といいながら日暮際のぱっと明《あかる》い、艶《つや》のないぼやけた下なる納戸に、自分が座の、人なき薄汚れた座蒲団のあたりを見て、婆さんは後《うしろ》見らるる風情であったが、声を低うし、
「全体あの爺は甲州街道で、小商人《こあきんど》、煮売屋ともつかず、茶屋ともつかず、駄菓子だの、柿だの饅頭《まんじゅう》だのを商いまする内の隠居でございまして、私《わたくし》ども子供の内から親どもの話に聞いておりましたが、何でも十六七の小僧の時分、神隠しか、攫《さら》われたか、行方知れずになったんですって。見えなくなった日を命日にしている位でございましたそうですが、七年ばかり経《た》ちましてから、ふいと内の者に姿を見せたと申しますよ。
 それもね、旦那様、まともに帰って来たのではありません。破風《はふ》を開けて顔ばかり出しましたとさ、厭じゃありませんか、正丑《し
前へ 次へ
全31ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング