。
私はこう下を向いて来かかったが、目の前をちょろちょろと小蛇が一条《ひとすじ》、彼岸|過《すぎ》だったに、ぽかぽか暖かったせいか、植木屋の生垣の下から道を横に切って畠の草の中へ入った。大嫌《だいきらい》だから身震《みぶるい》をして立留ったが、また歩行《ある》き出そうとして見ると、蛇よりもっとお前心持の悪いものが居たろうではないか。
それが爺《じじい》よ。
綿を厚く入れた薄汚れた棒縞《ぼうじま》の広袖《どてら》を着て、日に向けて背《せなか》を円くしていたが、なりの低い事。草色の股引《ももひき》を穿《は》いて藁草履《わらぞうり》で立っている、顔が荷車の上あたり、顔といえば顔だが、成程鼻といえば鼻が。」
「でございましょうね、旦那様。」
「高いんじゃあないな、あれは希代だ。一体|馬面《うまづら》で顔も胴位あろう、白い髯《ひげ》が針を刻んでなすりつけたように生えている、頤《おとがい》といったら臍《へそ》の下に届いて、その腮《あご》の処《とこ》まで垂下って、口へ押冠《おっかぶ》さった鼻の尖《さき》はぜんまいのように巻いているじゃあないか。薄紅《うすあか》く色がついてその癖筋が通っちゃあいないな。目はしょぼしょぼして眉が薄い、腰が曲って大儀そうに、船頭が持つ櫂《かい》のような握太《にぎりぶと》な、短い杖をな、唇へあてて手をその上へ重ねて、あれじゃあ持重《もちおも》りがするだろう、鼻を乗せて、気だるそうな、退屈らしい、呼吸《いき》づかいも切なそうで、病後《やみあが》り見たような、およそ何だ、身体《からだ》中の精分が不残《のこらず》集って熟したような鼻ッつきだ。そして背を屈《かが》めて立った処は、鴻《こう》の鳥が寝ているとしか思われぬ。」
「ええ、もう傘《からかさ》のお化がとんぼ[#「とんぼ」に傍点]を切った形なんでございますよ。」
「芬《ぷん》とえた村へ入ったような臭《におい》がする、その爺《じい》、余り日南《ひなた》ぼッこを仕過ぎて逆上《のぼ》せたと思われる、大きな真鍮《しんちゅう》の耳掻《みみかき》を持って、片手で鼻に杖をついたなり、馬面を据えておいて、耳の穴を掻きはじめた。」
「あれは癖でございまして、どんな時でも耳掻を放しましたことはないのでございます。」
「余り希代だから、はてな、これは植木屋の荷じゃあなくッて、どこへか小屋がけをする飾《かざり》につかう鉢物《は
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