》ねていらっしゃいまして、早口で弁舌の爽《さわやか》な、ちょこまかにあれこれあれこれ、始終|小刻《こきざみ》に体を動かし通し、気の働《はたらき》のあらっしゃるのは格別でございます、旦那様。」と上目づかい。
判事は黙ってうなずいた。
婆さんは唾《つ》をのんで、
「お米はいつもお情《なさけ》ない方だとばかり申しますが、それは貴方、女中達の箸《はし》の上げおろしにも、いやああだのこうだのとおっしゃるのも、欲《ほし》いだけ食べて胃袋を悪くしないようにという御深切でございましょうけれども、私《わたくし》は胃袋へ入ることよりは、腑《ふ》に落ちぬことがあるでございますよ。」
六
「昨年《きょねん》のことで、妙にまたいとこはとこが搦《から》みますが、これから新宿の汽車や大久保、板橋を越しまして、赤羽へ参ります、赤羽の停車場《ステエション》から四人|詰《づめ》ばかりの小さい馬車が往復しまする。岩淵《いわぶち》の渡場《わたしば》手前に、姉の忰《せがれ》が、女房持で水呑百姓をいたしておりまして、しがない身上《みのうえ》ではありまするけれど、気立の可《い》い深切ものでございますから、私も当《あて》にはしないで心頼りと思うております。それへ久しぶりで不沙汰《ぶさた》見舞に参りますと、狭い処へ一晩泊めてくれまして、翌日《あくるひ》おひる過ぎ帰りがけに、貴方、納屋のわきにございます、柿を取って、土産を持って行きました風呂敷にそれを包んで、おばさん、詰らねえものを重くッても、持って行ッとくんなせえ。そのかわり私が志で、ここへわざと端銭《はしたぜに》をこう勘定して置きます、これでどうぞ腰の痛くねえ汽車の中等へ乗って、と割って出しましただけに心持が嬉しゅうございましょう。勿体ないがそれでは乗ろうよ。ああ、おばさん御機嫌ようと、女房も深切な。
二人とも野良へ出がけ、それではお見送《みおくり》はしませんからと、跣足《はだし》のまま並んで門《かど》へ立って見ております。岩淵から引返して停車場《ステエション》へ来ますと、やがて新宿行のを売出します、それからこの服装《みなり》で気恥かしくもなく、切符を買ったのでございますが、一等二等は売出す口も違いますね、旦那様。
人ごみの処をおしもおされもせず、これも夫婦の深切と、嬉しいにつけて気が勇みますので、臆面《おくめん》もなく別の待合へ入りま
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