》、鰡《ぼら》ほどの大《おほき》さなり。値《あたひ》安《やす》し。これを燒《や》いて二十|食《く》つた、酢《す》にして十《とを》食《く》つたと云《い》ふ男《をとこ》だて澤山《たくさん》なり。次手《ついで》に、目刺《めざし》なし。大小《だいせう》いづれも串《くし》を用《もち》ゐず、乾《ほ》したるは干鰯《ひいわし》といふ。土地《とち》にて、いなだ[#「いなだ」に傍点]は生魚《なまうを》にあらず、鰤《ぶり》を開《ひら》きたる乾《ひ》ものなり。夏中《なつぢう》の好《いゝ》下物《さかな》、盆《ぼん》の贈答《ぞうたふ》に用《もち》ふる事《こと》、東京《とうきやう》に於《お》けるお歳暮《せいぼ》の鮭《さけ》の如《ごと》し。然《さ》ればその頃《ころ》は、町々《まち/\》、辻々《つじ/\》を、彼方《あつち》からも、いなだ一|枚《まい》、此方《こつち》からも、いなだ一|枚《まい》。
灘《なだ》の銘酒《めいしゆ》、白鶴《はくつる》を、白鶴《はくかく》と讀《よ》み、いろ盛《ざかり》をいろ盛《もり》と讀《よ》む。娘盛《むすめざかり》も娘盛《むすめもり》だと、お孃《じやう》さんのお酌《しやく》にきこえる。
南瓜《たうなす》を、かぼちやとも、勿論《もちろん》南瓜《たうなす》とも言《い》はず皆《みな》ぼぶら。眞桑《まくは》を、美濃瓜《みのうり》。奈良漬《ならづけ》にする淺瓜《あさうり》を、堅瓜《かたうり》、此《こ》の堅瓜《かたうり》味《あぢはひ》よし。
蓑《みの》の外《ほか》に、ばんどり[#「ばんどり」に傍点]とて似《に》たものあり、蓑《みの》よりは此《こ》の方《はう》を多《おほ》く用《もち》ふ。磯《いそ》一峯《いつぽう》が、(こし地《ぢ》紀行《きかう》)に安宅《あたか》の浦《うら》を一|里《り》左《ひだり》に見《み》つゝ、と言《い》ふ處《ところ》にて、
(大國《おほくに》のしるしにや、道《みち》廣《ひろ》くして車《くるま》を並《なら》べつべし、周道《しうだう》如砥《とのごとし》とかや言《い》ひけん、毛詩《まうし》の言葉《ことば》まで思《おも》ひ出《い》でらる。並木《なみき》の松《まつ》嚴《きび》しく聯《つらな》りて、枝《えだ》をつらね蔭《かげ》を重《かさ》ねたり。往來《わうらい》の民《たみ》、長《なが》き草《くさ》にて蓑《みの》をねんごろに造《つく》りて目馴《めな》れぬ姿《すがた》なり。)
と言《い》ひしはこれなるべし。あゝ又《また》雨《あめ》ぞやと云《い》ふ事《こと》を、又《また》ばんどりぞやと云《い》ふ習《なら》ひあり。
祭禮《さいれい》の雨《あめ》を、ばんどり祭《まつり》と稱《とな》ふ。だんどりが違《ちが》つて子供《こども》は弱《よわ》る。
關取《せきとり》、ばんどり、おねばとり、と拍子《ひやうし》にかゝつた言《ことば》あり。負《ま》けずまふは、大雨《おほあめ》にて、重湯《おもゆ》のやうに腰《こし》が立《た》たぬと云《い》ふ後言《しりうごと》なるべし。
いつぞや、同國《どうこく》の人《ひと》の許《もと》にて、何《なに》かの話《はなし》の時《とき》、鉢前《はちまへ》のバケツにあり合《あは》せたる雜巾《ざふきん》をさして、其《そ》の人《ひと》、金澤《かなざは》で何《な》んと言《い》つたか覺《おぼ》えてゐるかと問《と》ふ。忘《わす》れたり。ぢぶき[#「ぢぶき」に白丸傍点]なり、其《そ》の人《ひと》、長火鉢《ながひばち》を、此《こ》れはと又《また》問《と》ふ。忘《わす》れたり。大和風呂《やまとぶろ》なり。さて醉《よつ》ぱらひの事《こと》を何《な》んと言《い》つたつけ。二人《ふたり》とも忘《わす》れて、沙汰《さた》なし/\。
内證《ないしよ》の情婦《いろ》のことを、おきせん[#「おきせん」に傍点]と言《い》ふ。たしか近松《ちかまつ》の心中《しんぢう》ものの何《なに》かに、おきせんとて此《こ》の言葉《ことば》ありたり。どの淨瑠璃《じやうるり》かしらべたけれど、おきせんも無《な》いのに面倒《めんだう》なり。
眞夏《まなつ》、日盛《ひざか》りの炎天《えんてん》を、門天心太《もんてんこゝろぷと》と賣《う》る聲《こゑ》きはめてよし。靜《しづか》にして、あはれに、可懷《なつか》し。荷《に》も涼《すゞ》しく、松《まつ》の青葉《あをば》を天秤《てんびん》にかけて荷《にな》ふ。いゝ聲《こゑ》にて、長《なが》く引《ひ》いて靜《しづか》に呼《よ》び來《きた》る。もんてん、こゝろウぶとウ――
續《つゞ》いて、荻《をぎ》、萩《はぎ》の上葉《うはは》をや渡《わた》るらんと思《おも》ふは、盂蘭盆《うらぼん》の切籠賣《きりこうり》の聲《こゑ》なり。青竹《あをだけ》の長棹《ながさを》にづらりと燈籠《とうろう》、切籠《きりこ》を結《むす》びつけたるを肩《かた》にかけ、二《ふた》ツ三《み》ツは手《て》に提《さ》げながら、細《ほそ》くとほるふしにて、切籠《きりこ》ゥ行燈切籠《あんどんきりこ》――と賣《う》る、町《まち》の遠《とほ》くよりきこゆるぞかし。
氷々《こほり/\》、雪《ゆき》の氷《こほり》と、こも俵《だはら》に包《つゝ》みて賣《う》り歩《ある》くは雪《ゆき》をかこへるものなり。鋸《のこぎり》にてザク/\と切《き》つて寄越《よこ》す。日盛《ひざかり》に、町《まち》を呼《よ》びあるくは、女《をんな》や兒《こ》たちの小遣取《こづかひとり》なり。夜店《よみせ》のさかり場《ば》にては、屈竟《くつきやう》な若《わか》い者《もの》が、お祭騷《まつりさわ》ぎにて賣《う》る。土地《とち》の俳優《やくしや》の白粉《おしろい》の顏《かほ》にて出《で》た事《こと》あり。屋根《やね》より高《たか》い大行燈《おほあんどう》を立《た》て、白雪《しらゆき》の山《やま》を積《つ》み、臺《だい》の上《うへ》に立《た》つて、やあ、がばり/\がばり/\と喚《わめ》く。行燈《あんどう》にも、白山氷《はくさんこほり》がばり/\と遣《や》る。はじめ、がばり[#「がばり」に傍点]/\は雪《ゆき》の安賣《やすうり》に限《かぎ》りしなるが、次第《しだい》に何事《なにごと》にも用《もち》ゐられて、投賣《なげうり》、棄賣《すてう》り、見切賣《みきりう》りの場合《ばあひ》となると、瀬戸物屋《せとものや》、呉服店《ごふくみせ》、札《ふだ》をたてて、がばり/\。愚案《ぐあん》ずるに、がばりは雪《ゆき》を切《き》る音《おと》なるべし。
水玉草《みづたまさう》を賣《う》る、涼《すゞ》し。
夜店《よみせ》に、大道《だいだう》にて、鰌《どぢやう》を割《さ》き、串《くし》にさし、付燒《つけやき》にして賣《う》るを關東燒《くわんとうやき》とて行《おこな》はる。蒲燒《かばやき》の意味《いみ》なるべし。
四萬六千日《しまんろくせんにち》は八月《はちぐわつ》なり。さしもの暑《あつ》さも、此《こ》の夜《よ》のころ、觀音《くわんのん》の山《やま》より涼《すゞ》しき風《かぜ》そよ/\と訪《おと》づるゝ、可懷《なつか》し。
唐黍《たうもろこし》を燒《や》く香《にほひ》立《た》つ也《なり》。
秋《あき》は茸《きのこ》こそ面白《おもしろ》けれ。松茸《まつたけ》、初茸《はつたけ》、木茸《きたけ》、岩茸《いはたけ》、占地《しめぢ》いろ/\、千本占地《せんぼんしめぢ》、小倉占地《をぐらしめぢ》、一本占地《いつぽんしめぢ》、榎茸《えのきだけ》、針茸《はりだけ》、舞茸《まひだけ》、毒《どく》ありとても紅茸《べにたけ》は紅《べに》に、黄茸《きだけ》は黄《き》に、白《しろ》に紫《むらさき》に、坊主茸《ばうずだけ》、饅頭茸《まんぢうだけ》、烏茸《からすだけ》、鳶茸《とんびだけ》、灰茸《はひだけ》など、本草《ほんざう》にも食鑑《しよくかん》にも御免《ごめん》蒙《かうむ》りたる恐《おそ》ろしき茸《きのこ》にも、一《ひと》つ一《ひと》つ名《な》をつけて、籠《かご》に裝《も》り、籠《こ》に狩《か》る。茸爺《きのこぢゞい》、茸媼《きのこばゞ》とも名《な》づくべき茸狩《きのこが》りの古狸《ふるだぬき》。町内《ちやうない》に一人《ひとり》位《ぐらゐ》づゝ必《かなら》ずあり。山入《やまいり》の先達《せんだつ》なり。
芝茸《しばたけ》と稱《とな》へて、笠《かさ》薄樺《うすかば》に、裏白《うらじろ》なる、小《ちひ》さな茸《きのこ》の、山《やま》近《ちか》く谷《たに》淺《あさ》きあたりにも群生《ぐんせい》して、子供《こども》にも就中《なかんづく》これが容易《たやす》き獲《え》ものなるべし。毒《どく》なし。味《あぢ》もまた佳《よ》し。宇都宮《うつのみや》にてこの茸《きのこ》掃《は》くほどあり。誰《たれ》も食《しよく》する者《もの》なかりしが、金澤《かなざは》の人《ひと》の行《ゆ》きて、此《こ》れは結構《けつこう》と豆府《とうふ》の汁《つゆ》にしてつる/\と賞玩《しやうぐわん》してより、同地《どうち》にても盛《さかん》に取《と》り用《もち》ふるやうになりて、それまで名《な》の無《な》かりしを金澤茸《かなざはたけ》と稱《しよう》する由《よし》。實説《じつせつ》なり。
茹栗《ゆでぐり》、燒栗《やきぐり》、可懷《なつか》し。酸漿《ほうづき》は然《さ》ることなれど、丹波栗《たんばぐり》と聞《き》けば、里《さと》遠《とほ》く、山《やま》遙《はるか》に、仙境《せんきやう》の土産《みやげ》の如《ごと》く幼心《をさなごころ》に思《おも》ひしが。
松蟲《まつむし》や――すゞ蟲《むし》、と茣蓙《ござ》きて、菅笠《すげがさ》かむりたる男《をとこ》、籠《かご》を背《せ》に、大《おほき》な鳥《とり》の羽《はね》を手《て》にして山《やま》より出《い》づ。
こつさ[#「こつさ」に傍点]いりんしんか[#「いりんしんか」に白丸傍点]とて柴《しば》をかつぎて、※[#非0213外字:「姉」の正字、第3水準1−85−57の木へんの代わりに女へん、501−11]《あね》さん被《かぶ》りにしたる村里《むらざと》の女房《にようばう》、娘《むすめ》の、朝《あさ》疾《と》く町《まち》に出《い》づる状《さま》は、京《きやう》の花賣《はなうり》の風情《ふぜい》なるべし。六《むつ》ツ七《なゝ》ツ茸《きのこ》を薄《すゝき》に拔《ぬ》きとめて、手《て》すさみに持《も》てるも風情《ふぜい》あり。
渡鳥《わたりどり》、小雀《こがら》、山雀《やまがら》、四十雀《しじふから》、五十雀《ごじふから》、目白《めじろ》、菊《きく》いたゞき、あとり[#「あとり」に傍点]を多《おほ》く耳《みゝ》にす。椋鳥《むくどり》少《すくな》し。鶇《つぐみ》最《もつと》も多《おほ》し。
じぶ[#「じぶ」に丸傍点]と云《い》ふ料理《れうり》あり。だししたぢに、慈姑《くわゐ》、生麩《なまぶ》、松露《しようろ》など取合《とりあ》はせ、魚鳥《ぎよてう》をうどんの粉《こ》にまぶして煮込《にこ》み、山葵《わさび》を吸口《すひくち》にしたるもの。近頃《ちかごろ》頻々《ひんぴん》として金澤《かなざは》に旅行《りよかう》する人々《ひと/″\》、皆《みな》その調味《てうみ》を賞《しやう》す。
蕪《かぶら》の鮨《すし》とて、鰤《ぶり》の甘鹽《あまじほ》を、蕪《かぶ》に挾《はさ》み、麹《かうぢ》に漬《つ》けて壓《お》しならしたる、いろどりに、小鰕《こえび》を紅《あか》く散《ち》らしたるもの。此《こ》ればかりは、紅葉先生《こうえふせんせい》一方《ひとかた》ならず賞《ほ》めたまひき。たゞし、四時《しじ》常《つね》にあるにあらず、年《とし》の暮《くれ》に霰《あられ》に漬《つ》けて、早春《さうしゆん》の御馳走《ごちそう》なり。
さて、つまみ菜《な》、ちがへ菜《な》、そろへ菜《な》、たばね菜《な》と、大根《だいこ》のうろ拔《ぬ》きの葉《は》、露《つゆ》も次第《しだい》に繁《しげ》きにつけて、朝寒《あさざむ》、夕寒《ゆふざむ》、やゝ寒《さむ》、肌寒《はだざむ》、夜寒《よさむ》となる。其《そ》のたばね菜《な》の頃《ころ》ともなれば、大根《だいこ》の根《ね》、葉《は》ともに霜白《しもしろ
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