》し、其《そ》の味《あぢ》辛《から》し、然《しか》も潔《いさぎよ》し。
 北國《ほくこく》は天《てん》高《たか》くして馬《うま》痩《や》せたらずや。
 大根曳《だいこひ》きは、家々《いへ/\》の行事《ぎやうじ》なり。此《こ》れよりさき、軒《のき》につりて干《ほ》したる大根《だいこ》を臺所《だいどころ》に曳《ひ》きて澤庵《たくあん》に壓《お》すを言《い》ふ。今日《けふ》は誰《たれ》の家《いへ》の大根曳《だいこひ》きだよ、などと言《い》ふなり。軒《のき》に干《ほ》したる日《ひ》は、時雨《しぐれ》颯《さつ》と暗《くら》くかゝりしが、曳《ひ》く頃《ころ》は霙《みぞれ》、霰《あられ》とこそなれ。冷《つめ》たさ然《さ》こそ、東京《とうきやう》にて恰《あたか》もお葉洗《はあらひ》と言《い》ふ頃《ころ》なり。夜《よる》は風呂《ふろ》ふき、早《は》や炬燵《こたつ》こひしきまどゐに、夏《なつ》泳《およ》いだ河童《かつぱ》の、暗《くら》く化《ば》けて、豆府《とうふ》買《か》ふ沙汰《さた》がはじまる。
 小著《せうちよ》の中《うち》に、
[#ここから4字下げ]
其《そ》の雲《くも》が時雨《しぐ》れ/\て、終日《ひねもす》終夜《よもすがら》降《ふ》り續《つゞ》くこと二日《ふつか》三日《みつか》、山陰《やまかげ》に小《ちひ》さな青《あを》い月《つき》の影《かげ》を見《み》る曉方《あけがた》、ぱら/\と初霰《はつあられ》。さて世《よ》が變《かは》つた樣《やう》に晴《は》れ上《あが》つて、晝《ひる》になると、寒《さむ》さが身《み》に沁《し》みて、市中《しちう》五萬軒《ごまんげん》、後馳《おくれば》せの分《ぶん》も、やゝ冬構《ふゆがま》へなし果《は》つる。やがて、とことはの闇《やみ》となり、雲《くも》は墨《すみ》の上《うへ》に漆《うるし》を重《かさ》ね、月《つき》も星《ほし》も包《つゝ》み果《は》てて、時々《とき/″\》風《かぜ》が荒《あ》れ立《た》つても、其《そ》の一片《いつぺん》の動《うご》くとも見《み》えず。恁《かく》て天《てん》に雪催《ゆきもよひ》が調《とゝの》ふと、矢玉《やだま》の音《おと》たゆる時《とき》なく、丑《うし》、寅《とら》、辰《たつ》、巳《み》、刻々《こく/\》に修羅礫《しゆらつぶて》を打《うち》かけて、霰々《あられ/\》、又《また》玉霰《たまあられ》。
[#ここで字下げ終わり]
 としたるもの、拙《つたな》けれども殆《ほとん》ど實境《じつきやう》也《なり》。
 化《ば》かすのは狐《きつね》、化《ば》けるのは狸《たぬき》、貉《むじな》。狐《きつね》狸《たぬき》より貉《むじな》の化《ば》ける話《はなし》多《おほ》し。
 三冬《さんとう》を蟄《ちつ》すれば、天狗《てんぐ》恐《おそ》ろし。北海《ほくかい》の荒磯《あらいそ》、金石《かないは》、大野《おほの》の濱《はま》、轟々《ぐわう/\》と鳴《な》りとゞろく音《おと》、夜毎《よごと》襖《ふすま》に響《ひゞ》く。雪《ゆき》深《ふか》くふと寂寞《せきばく》たる時《とき》、不思議《ふしぎ》なる笛《ふえ》太鼓《たいこ》、鼓《つゞみ》の音《おと》あり、山颪《やまおろし》にのつてトトンヒユーときこゆるかとすれば、忽《たちま》ち颯《さつ》と遠《とほ》く成《な》る。天狗《てんぐ》のお囃子《はやし》と云《い》ふ。能樂《のうがく》の常《つね》に盛《さかん》なる國《くに》なればなるべし。本所《ほんじよ》の狸囃子《たぬきばやし》と、遠《とほ》き縁者《えんじや》と聞《き》く。
 豆《まめ》の餅《もち》、草餅《くさもち》、砂糖餅《さたうもち》、昆布《こんぶ》を切込《きりこ》みたるなど色々《いろ/\》の餅《もち》を搗《つ》き、一番《いちばん》あとの臼《うす》をトンと搗《つ》く時《とき》、千貫《せんぐわん》萬貫《まんぐわん》、萬々貫《まん/\ぐわん》、と哄《どつ》と喝采《はや》して、恁《かく》て市《いち》は榮《さか》ゆるなりけり。
 榧《かや》の實《み》、澁《しぶ》く侘《わび》し。子供《こども》のふだんには、大抵《たいてい》柑子《かうじ》なり。蜜柑《みかん》たつとし。輪切《わぎ》りにして鉢《はち》ものの料理《れうり》につけ合《あ》はせる。淺草海苔《あさくさのり》を一|枚《まい》づゝ賣《う》る。
 上丸《じやうまる》、上々丸《じやう/\まる》など稱《とな》へて胡桃《くるみ》いつもあり。一寸《ちよつと》煎《い》つて、飴《あめ》にて煮《に》る、これは甘《うま》い。
 蓮根《はす》、蓮根《はす》とは言《い》はず、蓮根《れんこん》とばかり稱《とな》ふ、味《あぢ》よし、柔《やはら》かにして東京《とうきやう》の所謂《いはゆる》餅蓮根《もちばす》なり。郊外《かうぐわい》は南北《なんぼく》凡《およ》そ皆《みな》蓮池《はすいけ》にて、花《はな》開《ひら》く時《とき》、紅々《こう/\》白々《はく/\》。
 木槿《むくげ》、木槿《はちす》にても相《あひ》分《わか》らず、木槿《もくで》なり。山《やま》の芋《いも》と自然生《じねんじやう》を、分《わ》けて別々《べつ/\》に稱《とな》ふ。
 凧《たこ》、皆《みな》いか[#「いか」に白丸傍点]とのみ言《い》ふ。扇《あふぎ》の地紙形《ぢがみがた》に、兩方《りやうはう》に袂《たもと》をふくらましたる形《かたち》、大々《だい/\》小々《せう/\》いろ/\あり。いづれも金《きん》、銀《ぎん》、青《あを》、紺《こん》にて、圓《まる》く星《ほし》を飾《かざ》りたり。關東《くわんとう》の凧《たこ》はなきにあらず、名《な》づけて升凧《ますいか》と言《い》へり。
 地形《ちけい》の四角《しかく》なる所《ところ》、即《すなは》ち桝形《ますがた》なり。
 女《をんな》の子《こ》、どうかすると十六七の妙齡《めうれい》なるも、自分《じぶん》の事《こと》をタア[#「タア」に傍点]と言《い》ふ。男《をとこ》の兒《こ》は、ワシ[#「ワシ」に白丸傍点]は蓋《けだ》しつい通《とほ》りか。たゞし友達《ともだち》が呼《よ》び出《だ》すのに、ワシ[#「ワシ」に白丸傍点]は居《ゐ》るか、と言《い》ふ。此《こ》の方《はう》はどつちもワシ[#「ワシ」に白丸傍点]なり。
 お螻《けら》殿《どの》を、佛《ほとけ》さん蟲《むし》、馬追蟲《うまおひむし》を、鳴聲《なきごゑ》でスイチヨと呼《よ》ぶ。鹽買蜻蛉《しほがひとんぼ》、味噌買蜻蛉《みそがひとんぼ》、考證《かうしよう》に及《およ》ばず、色合《いろあひ》を以《もつ》て子供衆《こどもしう》は御存《ごぞん》じならん。おはぐろ蜻蛉《とんぼ》を、※[#非0213外字:「姉」の正字、第3水準1−85−57の木へんの代わりに女へん、504−14]《ねえ》さんとんぼ、草葉螟蟲《くさばかげろふ》は燈心《とうしん》とんぼ、目高《めだか》をカンタ[#「カンタ」に白丸傍点]と言《い》ふ。
 螢《ほたる》、淺野川《あさのがは》の上流《じやうりう》を、小立野《こだつの》に上《のぼ》る、鶴間谷《つるまだに》と言《い》ふ所《ところ》、今《いま》は知《し》らず、凄《すご》いほど多《おほ》く、暗夜《あんや》には螢《ほたる》の中《なか》に人《ひと》の姿《すがた》を見《み》るばかりなりき。
 清水《しみづ》を清水《しやうづ》。――桂《かつら》清水《しやうづ》で手拭《てぬぐひ》ひろた、と唄《うた》ふ。山中《やまなか》の湯女《ゆな》の後朝《きぬ/″\》なまめかし。其《そ》の清水《しやうづ》まで客《きやく》を送《おく》りたるもののよし。
 二百十日《にひやくとをか》の落水《おとしみづ》に、鯉《こひ》、鮒《ふな》、鯰《なまづ》を掬《すく》はんとて、何處《どこ》の町内《ちやうない》も、若い衆《しう》は、田圃《たんぼ》々々《/\》へ總出《そうで》で騷《さわ》ぐ。子供《こども》たち、二百十日《にひやくとをか》と言《い》へば、鮒《ふな》、カンタをしやくふものと覺《おぼ》えたほどなり。
 謎《なぞ》また一《ひと》つ。六角堂《ろくかくだう》に小僧《こぞう》一人《ひとり》、お參《まゐ》りがあつて扉《と》が開《ひら》く、何《なに》?……酸漿《ほうづき》。
 味噌《みそ》の小買《こがひ》をするは、質《しち》をおくほど恥辱《ちじよく》だと言《い》ふ風俗《ふうぞく》なりし筈《はず》なり。豆府《とうふ》を切《き》つて半挺《はんちやう》、小半挺《こはんちやう》とて賣《う》る。菎蒻《こんにやく》は豆府屋《とうふや》につきものと知《し》り給《たま》ふべし。おなじ荷《に》の中《なか》に菎蒻《こんにやく》キツトあり。
 蕎麥《そば》、お汁粉《しるこ》等《など》、一寸《ちよつと》入《はひ》ると、一ぜんでは濟《す》まず。二ぜんは當前《あたりまへ》。だまつて食《た》べて居《ゐ》れば、あとから/\つきつけ裝《も》り出《だ》す習慣《しふくわん》あり。古風《こふう》淳朴《じゆんぼく》なり。たゞし二百が一|錢《せん》と言《い》ふ勘定《かんぢやう》にはあらず、心《こゝろ》すべし。
 ふと思出《おもひだ》したれば、鄰國《りんごく》富山《とやま》にて、團扇《うちは》を賣《う》る珍《めづら》しき呼聲《よびごゑ》を、こゝに記《しる》す。
[#ここから4字下げ]
團扇《うちは》やア、大團扇《おほうちは》。
うちは、かつきツさん。
いつきツさん。團扇《うちは》やあ。
[#ここで字下げ終わり]
 もの知《し》りだね。
 ところで藝者《げいしや》は、娼妓《をやま》は?……をやま、尾山《をやま》と申《まを》すは、金澤《かなざは》の古稱《こしよう》にして、在方《ざいかた》鄰國《りんごく》の人達《ひとたち》は今《いま》も城下《じやうか》に出《い》づる事《こと》を、尾山《をやま》にゆくと申《まを》すことなり。何《なに》、その尾山《をやま》ぢやあない?……そんな事《こと》は、知《し》らない、知《し》らない。
[#地より5字上げ]大正九年七月



底本:「鏡花全集 巻二十八」岩波書店
   1942(昭和17)11月30日第1刷発行
   1988(昭和63)12月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:米田進
2002年5月8日作成
2003年5月18日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング