氈の上を辷《すべ》る。それが咲乱《さきみだ》れた桜の枝を伝うようで、また、紅《くれない》の霞の浪《なみ》を漕ぐような。……そして、少しその軋む音は、幽《かすか》に、キリリ、と一種の微妙なる音楽であった。仲よしの小鳥が嘴《くちばし》を接《あわ》す時、歯の生際《はえぎわ》の嬰児《あかんぼ》が、軽焼《かるやき》をカリリと噛む時、耳を澄《すま》すと、ふとこんな音《ね》がするかと思う、――話は違うが、(ろうたけたるもの)として、(色白き児《こ》の苺《いちご》くいたる)枕《まくら》の草紙《そうし》は憎い事を言った。
わびしかるべき茎《くく》だちの浸《ひた》しもの、わけぎのぬたも蒔絵の中。惣菜《そうざい》ものの蜆《しじみ》さえ、雛の御前《おまえ》に罷出《まかんづ》れば、黒小袖《くろこそで》、浅葱《あさぎ》の襟《えり》。海のもの、山のもの。筍《たかんな》の膚《はだ》も美少年。どれも、食《くい》ものという形でなく、菜の葉に留《と》まれ蝶《ちょう》と斉《ひと》しく、弥生《やよい》の春のともだちに見える。……
袖形《そでがた》の押絵細工《おしえざいく》の箸《はし》さしから、銀の振出し、という華奢《きゃし
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