うつわ》もいずれ可愛《かわい》いのほど風情《ふぜい》があって、その鯛《たい》、鰈《かれい》の並んだ処《ところ》は、雛壇の奥さながら、竜宮を視《み》るおもい。
 (もしもし何処《どこ》で見た雛なんですえ。)
 いや、実際|六《むつ》、七歳《ななつ》ぐらいの時に覚えている。母親の雛を思うと、遥かに竜宮の、幻のような気がしてならぬ。
 ふる郷《さと》も、山の彼方《かなた》に遠い。
 いずれ、金目《かねめ》のものではあるまいけれども、紅糸《べにいと》で底を結《ゆわ》えた手遊《おもちゃ》の猪口《ちょく》や、金米糖《こんぺいとう》の壷《つぼ》一つも、馬で抱《だ》き、駕籠《かご》で抱《かか》えて、長い旅路を江戸から持って行ったと思えば、千代紙《ちよがみ》の小箱に入った南京砂《なんきんずな》も、雛の前では紅玉《こうぎょく》である、緑珠《りょくしゅ》である、皆《みな》敷妙《しきたえ》の玉《たま》である。
 北の国の三月は、まだ雪が消えないから、節句は四月にしたらしい。冬籠《ふゆごもり》の窓が開《あ》いて、軒《のき》、廂《ひさし》の雪がこいが除《と》れると、北風に轟々《ごうごう》と鳴通《なりとお》した荒海
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